日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

私の住まいは彼らと共にある

説教

タイトル:私の住まいは彼らと共にある
聖書  :エゼキエル37:26-27 使徒言行録11:1-18
年月日 :2009.12.20
特記事項:クリスマス礼拝

 教会が生まれたばかりの話です。最初のキリスト者はユダヤ人ばかりでしたが、次第に外国人のキリスト者も増えてきました。でもこれには困った問題がありました。ユダヤ人は長い間、外国人たちと一切お付き合いをしてこなかったからです。「外国人は真の神様を知らない汚れた人間だから、彼らと口を聞いたり、彼らの家に入って、彼らと一緒に食事をしたら、自分たちも汚れてしまう」。まるでバイキン扱いです。でもユダヤ人たちは、長い間そのように考えてきました。
ペトロと言う人がいました。彼もコチコチのユダヤ教徒でしたが、イエス様と出会ってからキリスト者になりました。でもキリスト者になったと言っても、昔からユダヤ教徒として生活してきた習慣は、そう簡単には抜けません。
そのペトロの所に外国人たちが尋ねてきて、ぜひ自分たちの家に来て、神様の話をしてくださいと言いました。ペトロは迷いました。「どうしよう。汚れた外国人の家に入った所を友だちに見られたら、なんて言われるだろう」。
でもペトロは心を決めて、外国人の家に入って神様のお話をすることにしました。この時、ためらっていたペトロの背中を、ドンと押したのは神様の霊です。神様の霊に背中を押されて、ペトロは迷いをふりきって、外国人の家に行き、そこにいたすべての外国人たちに、神様の話をすることが出来ました。
それからもう一つ、外国人の家を訪ねる前に、とても不思議なことがありました。ペトロがヤッファと言う所でお祈りをしていた時のことです。ペトロはその時、幻を見ました。大きな布のような入れ物が、四隅をつるされて、天から降りてきたのです。中を見ると、獣、地を這う物、空の鳥などが入っていました。恐らくラクダ、タヌキ、イノシシ、蛇、トカゲ、ミミズク、コウモリなどが入っていたのでしょう。ペトロは中を見るなり、「ゲッ!」と思いました。旧約聖書は、汚れた動物について警告しています。汚れた動物に触れても食べてもいけない。汚れた動物に触れたら、その人に汚れが移ってしまうからです。それなのに、天から降りてきた包みの中に入っていたのは、全部、見るもおぞましい汚れた動物ばかりでした。
 しかしペトロの驚きはまだ続きます。何と天からの声はペトロに命じて「その中に入っているものを食べなさい」と言うのです。いくらなんでもひどすぎます。だからペトロはすぐに言い返しました。
 「主よ、トンでもないことです。清くないもの、汚れた物を口にしたことがありません」。
生まれた時からユダヤ人は、汚れた物は一切口にしないよう、しつけられています。第一、汚れた物を食べるなと、聖書が命じているのです。それなのに今、ペトロに神様は汚れた物を食べろと命じています。そしてさらに神様は言います。
神が清めたものを、清くないなどと、あなたは言ってはならない」。
この幻を見た後に、ペトロは外国人の家に出かけました。子供の頃から外国人は汚れている、一切付き合うな。そのように教え込まれてきたペトロでしたが、「神が清めたものを、清くないなどと、あなたは言ってはならない」と天の声はペトロに命じたのです。だからペトロは外国人の家に行き、そこで神様の言葉を語りました。するとユダヤ人と同じように、外国人の上にも、聖霊が降りました。そして彼らもイエス様を信じる者、キリスト者になったのです。
クリスマスに、なんでこんな話をするのだろうと思われるかも知りません。でも思い出してください。神様の独り子、聖なる神の御子は、どこにお生まれになったのでしょう。フカフカで暖かい毛布と布団が用意された宮殿ではありません。牛や馬、動物のヨダレや匂いがしみついた汚い飼い葉桶の中に、お生まれになりました。
飼い葉桶に生まれた。これはとても象徴的で大切なことです。イエス様は神様の独り子ですが、決して清潔で美しい所にお生まれになったのではなかったのです。
まさに、あのペトロが一目見るなり、思わず「ゲッ!」と言って吐き気をも催すようなおぞましい所、みにくい所、あさましい所、腐りきった所、汚れに汚れて、目も当てられない、臭い所にお生まれになったのです。
天から四隅をつるされて大きな布が降りてきましたが、ペトロが「とんでもない」と顔を背けたおぞましい物、汚れた物が一杯つまっていたあの包みの中に、イエス様はお生まれになったのです。そして天から降りてきた包みの中に入っていたおぞましい物、汚れた物と言うのは、実は、トカゲや蛇なんかではありません。私たち自身です。エゴの命じるままに、人を憎み、追いつめ、だまし打ちにする。自分を何より正しい者として、相手の存在を丸ごと否定して抹殺する。
野の獣より、地をはう蛇より、コウモリやネズミより、一番汚れて、一番凶暴で一番おぞましいのは私達人間です。天から降りてきた包みの中に入っていたのは、実は私達自身だったのです。そしてそういう、汚れた人間、自分勝手な人間で満杯になっているこの世界の中に、イエス様はたった一人でお生まれになったのです。
「出家」と言う仏教用語があります。俗世間のすべてを捨てて、仏の弟子として清い修行の生活に入るわけです。でもイエス様は、全知全能の神様の御子なのに、聖い神様としての身分や栄光を一切捨てて、まるでドブやヘドロの汚れの中にわざわざ生まれてきました。あるカソリックの司祭がイエス様のことを「神の出家」と言っていました。なるほどと思いました。仏教の出家とは、正反対の「神の出家」です。聖なる御子のすべての聖さを捨てて、臭いドブの中、ヘドロの中、みにくい人間がゴロゴロしている汚れの中に生まれ、そこを住処とするのが、イエス様なのです。でもそれだけではありませんでした。
神が清めたものを清くないなどと、あなたは言ってはならない」と神様は言われました。なぜイエス様が神の出家をして、わざわざヘドロのような私達の世界に生まれて、私達と同じ人間の一人となって、人間のみにくさの中に住み込んだのか。
それは私達を、清くするためです。臭くて、卑怯で、みにくい私達をご自分の兄弟姉妹、ご自分と同じ清い神の子どもたち、清い神の家族とするためです。手の施しようもないくらい汚れきった者たちを清くするために、イエス様はヘドロの中に、汚れた者たちの中に、生まれてきてくださったのです。
ではどうやって汚れた私達を、イエス様は清くすることができるのでしょうか。
ペトロは神様から食べろと言われて、絶対そんなことは出来ないと反論しましたが、
イエス様は汚れた人、ウソとごまかしで腐りきった人、とてもじゃないけど、飲み込めないその一人一人を食べるのです。好き嫌いも言わずに、目の前の一人一人、出合った一人一人を、吐き気がするような一人一人を、イエス様は食べて、ご自分の体の中に飲み込んでしまうのです。
そして食べた一人一人を、ご自分の兄弟姉妹として、神様の子供たちとして、神様が清めた清い人として、イエス様は生み出します。イエス様の体の中で一体何が起きるのか、私達には分かりません。でもただ一つ、分かることがあります。
イエス様が汚れた一人一人を口の中に入れて、ご自分の兄弟姉妹として、神様の清い子供たちとして生み出すためには、猛烈な産みの苦しみがあると言うことです。神の御子として、とても受け入れられない者たちを口に入れて、彼らを聖なる者として新しく生み出すためには、全身が切り裂かれるような激しい痛み、まさに気も狂わんばかりの産みの苦しみがあるのです。
それが証拠に、イエス様が清い神の子供、ご自分の兄弟姉妹を一人産むたびに、そこにはおびただしい血の海が現われます。十字架の血です。一人の汚れた者を、神が清めた清い神の子供として産み出すためには、そこは一面、血の海になります。おびただしい十字架の血が流されるのです。
だからイエス様が新しく神の子供たちを産むのは、尊いイエス様の血だまりの中です。イエス様が身もだえする産みの苦しみを経て、十字架の血だまりの中で産み落としてくださったのが、私達一人一人のキリスト者なのです。
私達はイエス様によって、新しくこの世に生み出された者たちです。十字架の血によって全身を洗われて、神が清めてくださった者たちなのです。もう私達は臭くない。汚れていない。だから自分のことを汚してはいけない。せっかくイエス様が私達を、神様の子どもとして産んでくださったのですから。自分の足元を見れば、そのことに気づきます。私達の足元には、いつもイエス様の血だまりがあるからです。この血を決して無駄にしてはならない。私達を口に入れ、私達を新しく神の子ども、イエス様に似た者として生み出してくださったイエス様の産みの苦しみを、私達は決して無駄にしてはならないのです。
イエス様は吐き気を催す私達の世界の真ん中に生まれてくださいました。そしてそこを住処としてくださり、その中で私達を清い神の子として、今日も新しく産み続けてくださっています。それは神様が聖書の中で、約束してくださったからです。
「私は彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。私は彼らの住居を定め、彼らを増し加える。私はまた、永遠に彼らの真ん中に私の聖所を置く。私の住まいは彼らと共にあり、私は彼らの神となり、彼らは私の民となる」

(エゼキエル37:26-27)

 私達がどんなに最悪でも、イエス様は私達から逃げ出さないのです。私達の醜さや汚れにどっぷり浸かりながら、そこを神の住まい、神の聖所に変えてしまいます。そしてその中で、私達を永遠に神様のものとして、もう一度産み直してくださるのです。どんな最悪からでも、私達を新しく産み直せるイエス様の力を信じましょう。

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