日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

私のところへ

説教

タイトル :「私のところへ」 
聖書   : ヨハネ5:31-40
年月日  : 2016-7-3

神様を父と呼び、ご自分を神様と等しい者とするイエス様は、一体何者なのか。「神様を冒涜する罪人なのか、それとも神様と等しい権威をもった神の子なのか」。それをイエス様が、自分1人でいくら証したとしても、真実な証拠とは認めらないと言っています。ユダヤの律法では1人だけの証言ではなく、2~3人の証言が必要とされているためです(申命記19:15)。そこで、イエス様について、真実を語る別の証言が複数あることを、32節で告げています。
 まずヨハネです。ヨハネは、イエス様と出会うと「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1:29)と言い、更にイエス様を「聖霊によって洗礼を授ける人であり、この方こそ神の子である」と証言しています(ヨハネ1:33-34)。
 イエス様は、人間による証言を必要とはしていませんでしたが、「ヨハネは真理について証をした」と言っています。神様がヨハネを通して、真理を語っておられたからです。ヨハネを通して、イエス様の真理が語られたのですが、けれども人々はヨハネの証を本気で受け取ろうとはせず、ひととき花火を見て楽しむように、興味本位で、ヨハネの証をもて遊んだだけでした。
 そこでイエス様が次にあげているのは「ヨハネの証しにまさる証し」です(36節)。「ヨハネの証しにまさる証し」とは、神様がイエス様の中に実現させた業そのものです。イエス様は業を行うことで、神様ご自身を、忠実にこの世に現わしました。イエス様が行った業は、「イエス様が神様から遣わされた神様の御子であって、神様とイエス様が一体だという真実」を、雄弁に証しています。
イエス様が行った業には、病の癒し、悪霊の追放など様々な業があります。でも神様がイエス様の中に実現させてくださった数多く業の中でも、最も偉大な業はすべての人の罪の赦しのために、イエス様が命を献げた「十字架の死」であり、その「十字架の死から復活して、天に昇り、神様の右に座られた」と言う業です。
要するに、イエス様の全生涯が、神様の御心に従いきった神様の御業であって、イエス様の全生涯そのものが「神様とイエス様が一体だ」と証しているのです。
 更に37節で「私をお遣わしになった父が、私について証をしてくださる」と決定的な証言者があげられています。父なる神様ご自身が「イエス様が何者であるか」を証言してくださるというのです。                 
 37節の「証をしてくださる」を直訳しますと「すでに証してくださっていた」という完了形になります。つまり「父なる神様は、以前からイエス様についての証をしておられた」のです。
ヨハネ福音書では省いていますが、イエス様が洗礼を受けた時に、聖霊が降ってくると、「これは私の愛する子、私の心にかなう者」(マタイ3:17)と言う神様の声が天から聞こえました。イエス様が「神様の御心に適う神様の御子であること」は人の証言によらず、神様ご自身によって、初めから証言されていたのです。
 でも神様の証言は、更にさかのぼることが出来ます。旧約聖書に記されている神様の言葉です。イエス様の時代にまだ新約聖書はありませんから、聖書と言えば旧約聖書だけです。ユダヤ人は「神様から選ばれた神の民」であることを自負していましたが、モーセのように神様の声を直接聞いたことも、神様の栄光を直接見たこともありません。そのため、自分たちを導く神様の御心を知るための大切な拠り所は、神様の言葉が記されている「聖書」(旧約聖書)でした。
 ユダヤ人は幼い時から聖書を読み聞かされ、聖書に親しんできました。それにもかかわらずイエス様は38節で「あなたたちは、自分の内に父の言葉を留めていない」とユダヤ人に言います。言い換えると「あなたたちは、聖書を読み、神様の言葉には詳しいけど、神様の言葉が自分のもの、自分の血肉になる程には信じていない」ということです。これを聞いたユダヤ人はさぞかし腹を立てたでしょう。でも聖書に詳しくても、「彼らの中に、神様の言葉が自分の血肉となって留まっていないこと。神様の言葉を心から信じていないこと」は確かでした。なぜならユダヤ人たちは、父なる神様が遣わした御子イエス様を、拒み、信じていなかったからです。
 旧約聖書は、キリスト教だけでなく、ユダヤ教、イスラム教でも読まれています。でもキリスト教の旧約聖書の読み方が、他と違っている点は、「旧約聖書全体が、神様の独り子、イエス・キリストを証している」と信じ、告白しているこの点です。
旧約聖書にある天地創造の物語では、神様の言一つで世界が造られていきます。そして万物を造りだす神様の言は、世界が造られる以前から、存在していました。故にヨハネ福音書はその冒頭で「初めに言があった。言は神と共にあった。万物は言によって成った。・・・言は肉となって、私達の間に宿られた」と証言しています(1:1,3,14)。この言とは、まさしくイエス様のことです。
 旧約聖書の最初の頁、天地創造の物語から、もうすでに神様と共におられて、万物を造られた神様の言が、肉となり、誕生するイエス様を証していたのです。ここでイエス様について真実の証しをする第4の証言者が「神様の言葉・聖書だ」と告げられています。
39節「あなたたちは、聖書の中に永遠の命があると考えて聖書を研究している。
ところが聖書は、私について証をするものだ」。
ユダヤ人、特に律法学者やファリサイ派などは聖書を隅々まで読み、熱心に研究していました。聖書を学んで、聖書に詳しくなること。聖書に書かれている律法を守ることで、永遠の命を得て、救われると思い込んでいたからです。朝から晩までユダヤ人が熱心に研究していた聖書ですが、しかし皮肉なことに、聖書が証ししていたのは、ユダヤ人が殺そうとしていたイエス様のことでした。
コンパスの針がすべて「北」を指し示すように、聖書に記されている神様の言はすべて「主イエス・キリスト」を指し示しています。新約聖書は勿論、旧約聖書のどの箇所に記された神様の言も、「主イエス・キリスト」を証ししています。これは余談ですが、祈祷会ではずっと旧約を学んでいます。でも旧約の学びが、イエス・キリストと言う着地点に届かなかったから、それは教会の学びではなくて、ユダヤ教の学びで終わっています。旧約聖書を読む時、そこからイエス・キリストのお姿が浮かび出てくるまで、とことん読み込んで、黙想する必要があります。このことを、「キリストの光の下で旧約を読む」と言っています。本論に戻りましょう。
イエス様こそ、聖書が証言していた「諸国民をすべて祝福するメシアであり、この世に遣わすと約束されていた贖い主、救い主」でした(創世記22:18、イザヤ42:1-4、53:1-12他)。聖書を研究する熱心さや知識の豊かさは、イエス様を信じて受け入れる信仰心と一致するとは限らない。実際、宗教学者は聖書に詳しいのに、信仰のない人も多い。同じように、永遠の命を得ようと熱心に聖書を研究していた律法学者や祭司、ファリサイ派などのユダヤ人たちはイエス様を信じて受け入れることが出来なくて、最後までイエス様を拒みました。だからイエス様は言います。
「聖書は、私について証をするものだ。それなのに、あなたたちは、
命を得るために、私のところに来ようとしない」。
 またヨハネ福音書は20章の最後で、「これらのことが書かれたのは、あなたがたがイエスは神の子・メシアであると信じるためであり、また信じてイエスの名により、命を受けるためである」と書いています。 
イエス様は私達に永遠の命を与えて、私達を救うため、この世に来られました。だから私達が永遠の命を受けて救われるには、聖書を熱心に学ぶだけでは足りない。自分の陣地から出てきて、聖書が証しているイエス様のところへ出かけて行って、イエス様とリアルに出合い、イエス様を受け入れ、信じることが必要です。私達が聖書を読むのは、教養や見栄をつけるためではない。聖書に記された神様の言葉は「どんな両刃の剣よりも鋭く」(ヘブライ4:12)、エゴの殻を切り裂きます。古くて頑ななエゴの殻を打ち破り、そこから私達が出てくるためです。そして聖書が証するイエス様のところへ、私達が体ごと、出かけて行き、イエス様と出会い、イエス様の愛と命の交わりの中に入って、救われるためです。
イエス様の誕生物語で、東方の学者たちがイエス様を拝むために、自分の故郷を離れ出かけて行きました。それに対し、ユダヤ人たちは自分の陣地から出て行かず、イエス様のところに行こうとしませんでした。彼らはイエス様を拒むことにより、イエス様と1つになっている神様をも拒み、救いのチャンスを自ら手離してしまう。私達も陣地から出て行かず、同じことをしてしまいます。
だから御子イエス様は、この世に来られて、イエス様の方から、私達に近づいて来られました。頑なな私達をご自分のところへ、イエス様の愛と命の中に招き入れて救うためです。聖書が証するイエス様のところに導かれたら、そこから私達はどこにも行かなくて良い。永遠にイエス様のところにいて良い。むしろ「もっと深くイエス様の愛と命の中に潜って、御子イエス様と1つになりなさい。神様と1つになりなさい」と、私達は信仰の奥義に向けて、常に招かれています。
最後にイエス様の言葉をお聞きください。「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。私は柔和で謙遜な者だから、私のクビキを負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(マタイ11:28-29)

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