日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

私に従いなさい

説教

タイトル:「私に従いなさい
聖書  : マタイ福音書16:21-28
年月日 : 2011-7-3
イエス様は弟子たちに、ご自分がエルサレムで、ユダヤ教指導者に苦しめられ、
殺されること、そして3日目に復活することを打ち明けました。これを聞いた弟子
のペトロはあわててイエス様をわきに連れて行くと、「主よ、とんでもないことです。
そんなことがあってはなりません」とイエス様をいさめ始めました。「いさめる」と
訳されていますが、これは「どなりつける、厳しく非難する」と言う意味です。
 前回、人々がイエス様を「洗礼者ヨハネだ、エリヤだ」と言っていたのに対して、
ペトロは正しくイエス様を「あなたはメシア、生ける神の子です」と告白しました。
それなのに、ここではメシアであるイエス様を、ペトロは厳しく叱っているのです。
一体、どうしたことでしょう。
ペトロはイエス様を、自分たちを救うメシア、生ける神の子だと信じていました。
イエス様を先頭に、輝かしい未来を信じていました。だから前途洋々たるメシア、
悪霊を追い出し、嵐さえ静める生ける神の子が、ユダヤ教の指導者なんぞに苦しめ
られて殺されるなど、ペトロにしてみれば、とんでもないこと、あってはならない
ことだったのです。しかしイエス様は、ペトロに向き直っておっしゃっています。
 23節「サタン、引き下がれ。あなたは私のジャマをする者。神のことを思わず、
人間のことを思っている」。
イエス様について正しく信仰告白して、イエス様から「あなたは幸いだ」と言われ、
「あなたに天の国のカギを授ける」とまで言われたペトロが今、「サタン」と呼ばれ、
「引き下がれ、あなたは私のジャマをする者」と言われています。思いがけない言葉
に、凍りつくペトロの姿が見えるようです。
 「メシアは苦しんだあげく殺される」とイエス様は告げました。それはペトロが
言ったように「あってはならないこと、とんでもないこと」です。でもこの「とんでも
ないこと」を計画されたのは、神様です。
神様はすべての人を愛しておられます。愛しているから、誰であれ、罪に溺れて
滅びることを神様は喜ばず、すべての人の罪を赦して、ご自分と共に永遠に生かす
ことを決意されました。でも全人類が犯してきた莫大な罪の借金は、動物の命では
償いきれません。最も尊い命、神様の御子イエス様の命による罪の償いが、どうし
ても必要でした。そこで、神様の決意を果たすため、イエス様がメシアとして世に
来られたのです。だからイエス様は、「十字架の苦しみと死を担うメシア」です。
このイエス様から、十字架の苦しみと死を取り上げようとするのは、神様の決意、
神様の救いの計画をジャマするサタンの仕業です。
サタンは、イエス様の十字架の苦しみと死が、私達を救うことを知っています。
イエス様の十字架の死が、私達を神様に結び合わせることを知っています。だから
サタンは、イエス様の十字架をジャマするため、あの手この手で働きます。そして
サタンはいつでも人の快感をくすぐりながら、もっともらしい姿で近づいて来ます。
この時もサタンはペトロを使って、イエス様から十字架の死を取り上げて、神様の
決意から引き離そうとします。「死ぬなんてとんでもない」と弟子らしくイエス様を
いさめたペトロですが、実はサタンの手先になっていたのです。
 でもイエス様は、サタンの魂胆を鋭く見破ります。そしてサタンに操られている
ペトロを正気に戻すために「サタン、引き下がれ。あなたは私のジャマをする者」と
厳しい言葉をペトロに投げつけています。直訳すると「私のうしろに退け、サタン。
あなたは私を罪に誘う者(私をつまずかせる者)」です。
 イエス様は厳しい言葉でペトロを退けています。でもペトロへの言葉と、荒野で
サタンの誘惑を退けた時と言葉が違います。荒野では「サタン、退け」だけでしたが
(マタイ4:10)、ペトロには「私のうしろに退け、サタン」と言っています。
イエス様の前に立ちはだかり、イエス様の行く手を妨げるなら、それはサタンで
あり、イエス様を罪に誘い、つまずかせる者です。18節でイエス様から「この岩の
上に私の教会を建てる」と言われたペトロでしたが、自分勝手なメシア像を抱えて
イエス様の前に立った時、彼はサタンの手先となり、イエス様を「つまずかせる
石」になっていました。
でもペトロをこのまま「サタンのもの」にしてはおけません。ペトロをサタンの
手から取り戻すため、イエス様は「私の前に立つのではなく、私のうしろに退け」と
彼に命じます。ペトロはイエス様の弟子だからです。そして弟子とは「イエス様の
うしろからついて行く者」のことだからです。
 その一方で、「ペトロに悪気はないのに、イエス様の言葉は乱暴だ」と感じる方も
いるでしょう。悪気もない人に、いつものイエス様らしくない乱暴な言動を見せる
場面があります。印象的なのは、今日の箇所と神殿における「宮清め」の場面です。
宮清めで、イエス様に乱暴に店をひっくり返されたのは、何の悪気もなく商売を
していた人です。ペトロにしろ、商売をしていた人にしろ、全く悪気はありません。
ただ彼らの中にあったのは、神様の思いではなく、自分の思いだけでした。そして
自分の思いで一杯になっている時、悪気はなくても、人は神様を追い出して完全に
神様を忘れます。これも、イエス様のジャマをするサタンの巧みな魂胆です。
だから異なる道を行こうとするペトロに、イエス様は「神のことを思わず、人間の
ことを思っている」と、ビシッと警告します。弟子とは、「自分の思いではなくて、
神様の思いを求める者」のことだからです。
 イエス様を「メシア」と正しく告白をしたものの、自分勝手な思いでイエス様の
前に立ちはだかり、大失敗したペトロ。ペトロの姿は、また私達の姿でもあります。
信仰を告白して洗礼を受けた。それで私達が、イエス様の弟子として完成するわけ
ではありません。失敗をくり返します。でもそんな私達をイエス様は諦めません。
なお一層、私達をご自分の弟子として養うために、私達を招き続けてくださいます。
  24節「私についてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、
私に従いなさい」。
 直訳すると「もし私のうしろについて行こうと願うなら、誰でも自分自身を否定
して、自分の十字架を背負い、私に従いなさい」。
イエス様のうしろについて行こうとする者に、まず求められているのは、「自分を
否定し、捨てること」です。同じ言葉がマタイ26:75に出てきます。「あなたは3度、
私を知らないと言うだろう」の「知らない」と訳された言葉です。イエス様が逮捕
された時、イエス様の仲間だと言われたペトロは、イエス様を「知らない」と言って、
イエス様を否定しました。自分を捨てるのではなくて、イエス様を捨てました。
私達はいつも自分が一番可愛いし、自分を最優先します。自分を捨てるどころか、
頑なに自分の思い、自分の利益、自分の命を守ります。ペトロがそうだったように、
自分を捨てない時、私達はイエス様を否定し,捨てます。そして自分を守ったつもり
でも、神様が私達に用意しておられる「最も大切な命の救い」を失ってしまいます。
しかし自分の思いをNO!と手離し、自分をカラッポにした所、何も無いと思った
所にイエス様が立たれます。そしてイエス様が私達を神様の思いで満たし、神様の
命の救いに向かって、死よりも強い命に向かって、導いてくださいます。
このイエス様が「自分の十字架を背負って、私に従いなさい」と、言っています。
自分の十字架とは何でしょう。私達には、それぞれ受け入れがたい現実があります。
愛しづらい、困難な現実があります。家族のこと、人間関係のこと、健康のこと、
仕事のこと、被災地のこと等々。これらに真っすぐ向きあって生きようとすれば、
苦しみや痛みは避けられません。でも「今、自分が置かれている現実、この十字架を
背負って、日々、私に従いなさい」と、イエス様が私達を招いています。
これは、私達がますますイエス様の弟子にされていく招きであり、神様への
招き、命への招きです。とは言っても「こんな私で大丈夫かな」と心細くなります。 
でも私達は一人で歩くのではありません。いつでも私達の前にはイエス様が
おられます。神様から遣わされたメシア、生ける神の子であるイエス様。十字架の
苦しみと死の中から、復活されたイエス様。私達の罪を洗い清めて、私達を神様の
命の中で生かしてくださるイエス様。毎週、私達が礼拝の中で、信仰告白している
通りのイエス様、救い主のイエス様が、いつでも私達の目の前におられます。
「イエス様は、私達が信仰告白した通りのお方だ」と心から信頼します。だから
私に従いなさい」と言うイエス様の招きに、自分を丸ごと預けて、イエス様の
うしろから私達はついて行きます。イエス様の背中を見ながら、歩いて行きます。
どんなに歩きにくくても、私達の前にはイエス様がおられます。しんどくて座り
込んでも、私達の前にはイエス様がおられます。私達が天の国の門をくぐるまで、
イエス様が共にいてくださいます。私達は旅の途中です。これからも困難や失敗が
あります。でも私達はイエス様の背中を見ながら歩ける。私達の前にはイエス様が
いてくださる。もうそれだけで、私達の中に喜びと感謝と平安があふれて来ます。

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