日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

私が命のパンである

説教

タイトル :「私が命のパンである」 
聖書   : ヨハネ6:22-37
年月日  : 2016-10-2
 
わずかなパンと魚で5000人の群集を満腹させた奇跡を見た人々は、イエス様を
自分たちの王にしようとしていたので、イエス様は1人で山に逃れていました(6:15)。
しかしそれでも尚、群集は湖の南ティベリアスからイエス様を追いかけて、湖の北
カファルナウムにやってきました。山に逃れたはずのイエス様が、カファルナウム
にいたので、人々は驚いて「先生、いつ、ここにおいでになったのですか」と聞き
ましたが、イエス様はそれには答えず、決定的な言葉を彼らに告げました(26-27節)。
「あなたがたが私を捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて
満腹したからだ。朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、
永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに
与える食べ物である。父である神が人の子を認証されたからである」。
 イエス様を追いかけてきた群衆は、イスラエルをローマの支配下から救い出す王、
政治的メシアの姿を、イエス様の中に見ていました。しかしイエス様はそのことを
ハッキリNO!と退けます。パンを食べて満腹して、肉的・この世的に満足したから、
群集はイエス様を追いかけて来ました。もっと言うなら、彼らは自分の腹、自分
の願いを満足させてくれることを、イエス様に期待して追いかけてきたのです。
でもそれはイエス様に言わせると「朽ちる食べ物のために働いている」に過ぎない。
 私達は貪欲です。食べ物に限らず、お金、健康、能力、名誉、権力など、私達は
自分の腹、自分の願望を満たすために、他者を押しのけ、生涯を費やして働いたと
しても、「これで満足」と言うことはない。塩水を飲めば、ますます喉が渇くように、
肉の欲は底なしで、何をつぎ込んでも肉の欲は満たされず「もっともっと」と欲し
がるばかりです。ただ1度きりの人生を、自分の満足を求めて、ひたすら働いても、
決して満足できない徒労に終わってしまうというのは、何と残酷で、空しいことで
しょう。「自分の満足」のためにイエス様を追いかけてきた群衆は、まさに「朽ちる
食べ物のために、働いていた」のでした。
 しかしイエス様が与えるのは、肉的・この世的・一時的な満足ではありません。
朽ちることのない永遠の命に至る満足を、イエス様は与えてくださるのです。
そこでイエス様、群集の目、また私達の目を、「自分の満足」から「神様の満足」
へと、向けさせます。
「神様の満足」とは簡単に言うと「私達が永遠の命、神様の命に満たされて
生きること」です。でも私達はこれまでずっと「自分の満足」のために働き、生きて
きたのに、それを根こそぎ引き抜いて、「神様の満足」のために働き、生きるよう、
方向転換させるのです。この方向転換は、人の力では絶対に不可能であり、神様の
力によってのみ可能にされる革命的な大転換です。
 だからこそ神様の力によって、革命的大転換を成し遂げてくださる方が必要です。
「それが私だ」と27節の後半でイエス様は明らかにしました。ここでイエス様は
ご自分のことを「人の子」と言い、「人の子が、永遠の命に至る食べ物を与える」と
言っています。また神様を父と呼び、「神様が人の子を(ご自分の御子として)認めた
からだ」と断言しています。これは重大発言です。
ご自分のことを「神様が認めた神の子」と言うことで、「私には神の子と
して、永遠の命に至る食べ物を、あなたがたに与える資格がある」とイエス
様が、みずから宣言しているからです。
 この重大発言を聞いても群衆は意味を理解せず、「永遠の命に至る食べ物のために
働きなさい」と言われたことだけに反応して、「神の業を行うためには、何をしたら
良いでしょうか」と聞いています。「行う」と訳された言葉は「働く」と言う言葉と
同じです。だから「どのように働いたら、永遠の命に至る食べ物を得られるのか」
と、群集はイエス様に問いかけたのです。イエス様の答えは単純でした。「神様が
お遣わしになった者、すなわち神の子である私を信じることだ」。
 これほど深い神様の真実をイエス様から直接、聞きながら、また5000人を満腹
させたイエス様のしるしを見たにもかかわらず、群集は尚もイエス様を信じるため
の確かなしるしを行うよう、求めています。そして彼らが引き合いに出したのが、
モーセでした。彼らの祖先が、荒野を40年旅していた時、モーセが天からのパン、
マンナを食べさせ、大いなるしるしを行ったことが、聖書に書いてあると、彼らは
言っています。しかしイエス様は「モーセが天からのパンを与えたのではなくて、
神様だ。神様がモーセを通して、パンを与えた」と彼らの勘違いを正しています。
32-33節のイエス様の言葉を直訳すると、「真に、真に、私はあなたがたに言う。
モーセがあなたがたに天からのパンを与えたのではなくて、私の父が天からの真の
パンを、あなたがたに与える。神のパンは天から降って、世に命を与えるのである」。 
直訳から「この世に命を与えて、永遠に生かす天からの真のパン、神様のパンを、
今、ここにいるあなたがたに与える」と神様の御子イエス様が言ってくださって
いるのが、分かります(新共同訳聖書では「あなたがたに」と言う言葉が省略)。 
 これを聞いた人々が、イエス様に「そのパンをいつも私達にください」と言うと、
イエス様は「私が命のパンである」と言われました。
 「命のパン」とは、コーヒーとか、タバコとか、ケーキと言う、嗜好品ではない。
「命のパン」とは、人が生きるのに、なくてはならない主食となる命の糧。
人の命を支えるために、どうしても欠くことのできない命の糧のことです。
その命の糧、神様が天から与えてくださる命のパンが、イエス様なのです。
 最初の人アダムが神様から離れてしまって以来、人は、神様が満足するようには
生きられなくなりました。神様から喜ばれるようには、生きられなくなりました。 
だから、「人が本当に生きるため、神様から喜ばれるよう生きるため」に、
神様はイエス様と言う「命のパン」を天から、すべての人に与えてくださいました。
イエス様は「命のパン」だから、イエス様を食べなければ人は死んでしまいます。
イエス様なしで人は生きられません。今日も明日も終わりの日も、イエス様なしで、
人は生きることが出来ません。それほど尊い「命のパン・イエス様」が、神様から
与えられているのです。
 そしてイエス様は言われます。「私のもとに来る人は、決して飢えることがなく、
私を信じる者は決して渇くことがない」。
イエス様のもとに来て、イエス様を命のパンと信じて受ける人は、神様の永遠の
命に満たされているから、この世で何を奪われようと、またすべてを与え尽くした
としても、飢え、渇くことはありません。命のパンであるイエス様のもとに来て、
イエス様の中に深く根を降ろした人は、たとえ死の淵に立たされても絶望しないし、
生も死も丸ごと全部、永遠の命に支えられ、永遠の命に包まれているから、人生の
どこを切り取って見ても、何一つ空しくされていない。
 荒野の旅を終えたモーセが、イスラエルの民に語った興味深い言葉があります。
「主は、あなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを
食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべて
の言葉によって生きることを、あなたに知らせるためであった」(申命記8:3)
 「誰も味わったことのないマナを食べさせられた」とは、イスラエルの民はただ
食糧としてマナを食べて生き延びたのではなく、「神様の口から出る言によって生き
延びてきた」のです。そしてその神の言が、肉となったのが、イエス様です。
 従ってイエス様が命のパンということは「イエス様がすべてを造り、すべてに
命を与える神の言。永遠に朽ちない生きた神の言だ」ということです。
多くの人が、イエス様と言う「命のパン」を見て、「命を与える神の言」を聞いて
いるのに、イエス様のもとに来ようとしないし、信じようとしません。「永遠の命に
至る食べ物のために働きなさい」と言われているのに、「命のパン、神の言」である
イエス様を求め、信じて生きようとしません。「自分の満足」が手離せないからです。
けれども父なる神様がイエス様に与えた人たちは、聖霊に導かれて、イエス様の
もとに来ます。そしてイエス様は、ご自分のもとに来た人を決して追い出しません。
誰であれ、イエス様はご自分のもとに来た人を無条件で受け入れて、「命のパン」を
食べさせ、「神の言」を聞かせて、永遠の命に向かって養ってくださいます。
私達は今、聖霊に導かれて、幸いにもイエス様のもとに来ています。イエス様は
私達を拒みません。私達を生かすために、「命のパン、神の言」を、イエス様
ご自身を、惜しみなく与えてくださいます。
そしてようやく気づきます。永遠の命に至る食べ物を、私達に与えるために、
誰よりも一番働いておられたのは、「自分の満足」をすべて十字架で滅ぼし、
「神様の満足」のみに徹し続けた「イエス様だった」と言うことを。
 最後にイエス様の言葉に聴きましょう。
「私の父は、今もなお、働いておられる。だから、私も働くのだ」(ヨハネ5:17)
 

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