日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

私が使徒であること

説教

タイトル:「私が使徒であること
聖書  : 第1コリント9:1-12
年月日 : 2011-11-6
        
今、話題になっているギリシャにあるコリントの教会は、パウロが福音を語った
ことで誕生した教会です。まだ教会専従の牧師がいない時代ですから、教会を誕生
させて間もなく、パウロはコリントから、次の伝道地に移って行きました。
するとコリント教会では、パウロがキリストの使徒であること、彼がキリストの
救いを宣べ伝える正統な伝道者であることを疑い、否定する者たちが出てきました。
使徒パウロを疑い、否定することは、パウロが語った救いの言葉、福音そのものも、
否定することにつながってくるので、これを放っておくわけに行きません。
いつの時代も「自分のものさし」に気に入らないと、頭から否定する人たちがい
ます。ナザレの貧しい大工の息子となって、この世に誕生した救い主・イエス様も、
人々から否定されて、十字架につけられて殺されました。パウロもそうです。
そもそもパウロは熱心なユダヤ教徒で、教会の迫害者でした。そんな彼に復活の
キリストが現われ180度、彼の生き方が変わります。パウロはこの手紙の冒頭で
「神の御心によって召されて、キリスト・イエスの使徒となったパウロ」と自己紹介
しています。教会の迫害者だったパウロがキリストの使徒になったのは、彼の意志
ではなく、神様の自由な選び、神様の自由な御心です。人は、これに逆らうことが
できません。「なぜこんな自分が信仰者なのか」。理由は私達の側にはありません。
私達が教会に集められているのは、神様の自由な選びです。
神様はパウロをキリストの使徒として選び、用います。この世で、パウロを縛る
のはキリストとの絆だけで、それ以外のものから自由です。この世の習慣や権力、
お金にも縛られません。キリストに仕えるパウロは、全く自由な使徒です。
余談ですが、教会の歴史から言うと、復活されたキリストを目撃した証人たちを、
特に「使徒」と呼んで、他の時代の信仰者とは区別しています。
パウロは、自分を疑うコリント教会に、「自分は復活の主を見た目撃者であって、
キリスト以外に縛られていない自由な者だ」と言っています。また「あなたがたは
主のために私が働いて得た成果ではないか」と言っています。直訳すると「あなた
がたは、主において私の作品ではないか」と言うことです。つまりパウロが福音を
語る働きを通して、神様がコリントに「福音を信じる群れ」を誕生させたのです。
他の人がどんなにパウロを否定したとしても、パウロが語ったキリストを信じて、
キリストの体に結ばれた人たちの群れが誕生したことで、コリント教会がこの世に
現われました。だからコリント教会が誕生したこと、キリストを信じ、キリストに
結ばれた群れの存在そのものが、まさに「パウロが使徒であること」の生きた証拠
なのです。
にもかかわらず、なぜコリント教会は、パウロが使徒であることを疑ったのか。
それはパウロが「テント作りをして自費伝道をしていたため」と言われています。
当時は奴隷制社会で、テント作りなどの肉体労働は、奴隷の仕事です。ギリシャ人、
特にインテリ階級にとって、肉体労働は卑しいことと見なされていました。しかし
パウロはどこに行ってもテント作りをして、その稼ぎで生活し、教会からの報酬は
受け取らないで伝道していました。
他の使徒たちは、自分の生活費はもとより、家族の分の生活費も教会から受けて
いたようです。同じようにパウロにも、テント作りをしないで、教会からの報酬で
生活して、一日中、福音を語ることだけに専念する権利がありました。
教団年鑑を見ますと、年間の牧師謝儀が100万円以下の教会がざらにあります。
そういう教会の牧師は、アルバイトなどをせざるを得ません。生活のためとは言え、
アルバイトをしながら伝道するのは大変です。いつしかアルバイトが本業になり、
「日曜だけの牧師」になってしまう場合もあります。今、アルバイトなしで、教会の
謝儀だけで生活して、「福音を語ることに専念できる」ことに、感謝しています。
4節以下でパウロは、色々な例えを使いながら、福音のために働いている者には、
報酬を受ける正当な権利があることを説明しています。そして「私達があなたがたに
霊的なものを蒔いたのなら、あなたがたから肉のものを刈り取ることは、行き過ぎ
でしょうか」(11節)と、コリント教会に問いかけています。
 パウロはキリストの福音と言う霊的な宝を、昼夜を問わず惜しみなく与えて来ま
した。この働きに対し、コリント教会がパウロに報酬を与えて、日常生活の支援を
することは、決して行き過ぎではなく、ごく当然のことです。
 パウロは他の使徒たちのように、自分も教会から報酬を受ける権利があることを
知っていました。けれどもパウロは、自分が持っている当然の権利を、使おうとは
しませんでした。そのため「使徒の資格がないから、報酬を受け取れないのだ」と、
コリント教会の中から、パウロの権威を疑う人が出てきたのは、残念です。
 しかしパウロが、教会から報酬を受け取らなかったのは、パウロに使徒の資格が
なかったからではなく、「キリストの福音を少しでも妨げないため」です(12節後半)。
福音を妨げないため、すべてを耐え忍び、自費伝道をしていました。裏を返せば、
「教会から報酬を受け取ると、福音の妨げになる」と暗に言っているのです。
 恐らく「使徒」「伝道者」と名乗る者たちが、教会に出入りしては、当然の権利と
して教会に報酬を要求して、「信仰のつまずき、福音の妨げ」となっていた現実を、
パウロは知っていたのでしょう。だからパウロは報酬抜きで、私的なことは教会に
一切求めず、「福音を宣べ伝えることだけで、教会に関わろう」としたのです。
 使徒パウロは福音伝道のためなら、教会から報酬を受け取る権利も、肉を食べる
自由も(コリント8:13)惜しまず手離します。でも働くことを卑しく思い、貧しさを
軽蔑するコリント教会の人々の目に、そういうパウロは、実に貧相で、威厳もなく、
「使徒らしくないヤツ」と映ります。それでは「使徒」とは、何でしょうか。
「使徒」とは「遣わされた者」と言う意味です。パウロは「キリストの使徒」です
から「キリストから遣わされた者」です。キリストが主人であり、キリストが命じる
まま、どこへでも遣わされて行きます。そしてキリストから託された救いの福音を、
遣わされた所で、忠実に宣べ伝えます。これが使徒です。しかし最も偉大で忠実な
「使徒・遣わされた者」とは、イエス・キリストご自身です。
「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が
救われるためである」(ヨハネ3:17)
「私をお遣わしになった方は真実であり、私はその方から聞いたことを、世に
向かって話している。私をお遣わしになった方は、私と共にいてくださる。
私はいつも、この方の御心に適うことを行うからである」(ヨハネ8:26,29)
「私を見る者は、私を遣わされた方を見るのである」(ヨハネ12:45)
父なる神様から遣わされたキリストは、神様の御心を行いました。すなわち神様
と私達の間にあった「深い罪の断絶」を、ご自分の体で完全に埋め尽くし、神様と
私達をしっかり結び合わせ、和解させてくださいました。敵意やねたみ、貪欲など、
神様との間を隔てていた「深くて汚れた罪の谷間」を埋めて清めたのは、神様から
遣わされたキリストの体です。このキリストの体の上で、私達は神様と和解します。
キリストの体の上で、私達は神様から、罪の赦しと命の平安を受け取ります。 
「彼らは剣を打ち直してスキとし、槍を打ち直してカマとする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや闘うことを学ばない」(イザヤ2:4)。
神様の言葉が、神様から遣わされたお方・キリストにおいて実現します。だから
私達はキリストから、敵意を平和に変える救いの力、福音を受け取ります。しかし
私達はキリストから、救いと福音を受け取るだけではありません。
「父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす」(ヨハネ20:21)と
キリストは、私達にも言われます。パウロのように、否、キリストのように、私達も
また「遣わされた者・使徒」とされるのです。
そしてキリストから受け取った救いと福音を、私達もそれぞれ遣わされた所で、
家族や友人、隣人に伝えます。私達は、敵意を平和に変える福音を伝えるために、
キリストのもとに集められ、またキリストによって「遣わされていく者・使徒」です。
 そして平和の福音を、キリストによって世界中に遣わされて宣べ伝えて来たのが、
「使徒的信仰の教会」です。御殿場教会もそうです。パウロたちと同じ信仰に生きて
働く「使徒的信仰の教会」です。教会に集められた私達は、教会の枝であり、教会
の一部です。牧師だけでなく、教会につながる1人1人が平和の福音をもたらす
ために、遣わされて行きます。「私が使徒なんて、そんなのムリだよ」。尻込みする
私達のために、キリストは特別メニューを用意して、このように言われます。
「私の肉を食べ、私の血を飲む者は、いつも私の内におり、私もまたその人の内
にいる。生きておられる父が私をお遣わしになり、また私が父によって生きる
ように、私を食べる者も、私によって生きる」(ヨハネ6:56-57)
キリストを食べて、キリストと共に、平和の使者として遣わされていきましょう。
 

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