日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

神様の約束

説教

タイトル :「神様の約束
聖書   : 創世記15:1-6、 2コリント1:18-22     
年月日  : 2017-8-6
特記事項 : 夏期キャンプ前合同礼拝
  
今朝は子供たちとの合同礼拝です。礼拝後、夏期キャンプに出かけます。今回の
キャンプのテーマは「神様の約束」です。そこで教会学校の教案誌の聖書箇所から
創世記15章に聞き、神様の約束の確かさを更に見るため、2コリントの御言に聞き
ましょう。創世記15章で、アブラハムは、アブラムと呼ばれていました。アブラム
にはサライと言う奥さんがいましたが、彼らには子供がなく、年をとっていたので、
彼ら夫婦の間に子供が与えられる希望はありませんでした。
 ある日、神様がアブラムに「私はあなたの盾、あなたの受ける報いは大きい」と
告げました。神様がアブラムを守り、たくさんの恵みを与えると言ってくださった
のです。でもアブラムはうれしそうではありません。なぜなら神様から何をいただ
いても、彼にはそれを受け継ぐ子供がないため、すべて他人のものになってしまい
ます。でも神様はアブラムの心配を全く気にすることもなく、キッパリ言いました。
「あなたから生まれる者が後を継ぐ」。
つまりアブラムに子供が生まれて、神様の恵みを受け継げるようにしてくださる
のです。アブラムはまだ信じられない気持ちだったのでしょう。そこで神様は彼を
外に連れ出して、「天を仰いで、星を数える事が出来るなら、数えてみるがよい」と
言われました。御殿場の夜もだいぶ明るくなって、星がたくさん見えるところまで
行きません。でも大昔は、夜になると、真っ暗で空気も澄んでいたから、輝く星が
空一面に広がって見えたでしょう。空に広がる無数の星を数えることは出来ません。
そして神様はアブラムに約束しました。「あなたの子孫はこのようになる」。
年をとった夫婦に子供が生まれて、その子孫が星の数ほど増えるといわれても、
普通なら誰も信じません。でもアブラムは神様の言葉をそのまま信じました。何の
兆しも、保障もないまま、神様の約束を信じて受け入れました。そのことを神様は
見て、「アブラムの義」と認めたと6節で言っています。簡単に言うと、アブラムは、
「神様の御心にふさわしい者とされた」と言うことです。そしてアブラムの子孫が
星の数ほど増えるとは、アブラムのように、「神様の御心にふさわしい者」が
将来、数え切れないほど増えると言う約束を、神様がされたのです。
次に新約の1章18節「神は真実な方です。だからあなた方に向けた私達の言葉は、
然りであると同時に否であると言うものではありません」と言っています。「然り」、
「否」と言うのは難しい言葉ですが、簡単に言うと「然り」は「はい本当にそうです、
その通りです」。「否」は「いいえ、違います」。
 コリント書で、パウロは、神様は真実な方だから、神様がパウロたちを通して、
コリント教会に伝えた言葉も、「はい」であり、「いいえ」でもある中途半端なもの
ではない。Yesでもあり、Noでもある、どっちつかずの不誠実で、あいまいなもの
ではないと、キッパリ言っているのです。
そしてコリント教会に、パウロたちが伝えてきた神様の言葉は、神の子イエス・
キリストそのものです。
キリストは「はい」と同時に「いいえ」となる、あいまいで中途半端な方ではなく、
キリストの中には「はい、本当にそうです、その通りです」これだけが実現
しています。変な日本語で、ごめんなさい。20節を見るとパウロが言おうとして
いる言葉の詳しい意味が分かってきます。
「神の約束は、ことごとく、この方において、然りとなったからです」。
 旧約聖書において、神様がアブラムに約束したこと、ヤコブ、モーセ、預言者に
約束したこと、あらゆる神様の約束が、すべてキリストの生涯において実現し
たのであり、「神様の約束は、本当にそうです、その通りです」と、私達は
キリストと共に確信をもって言うことができるのです。
 神様がアブラムに、夜空に広がるたくさんの星を見せて約束したことは、「将来、
神様の御心にふさわしい者が増えていく」ということでした。そして神様はご自分
の御心にふさわしいものを育てようと、アブラムの子孫、つまりイスラエルの民に
十戒を与えたり、多くの預言者の口を通して神様の言葉を伝えたりしてきました。
それでも人は、神様の御心にふさわしい者になれませんでした。人は、心の中では
神様より、自分が得することや自分の利益を優先して求めます。そのことは神様に
選ばれたイスラエルの民も同じでした。
 今も世界中で、多くの人が自分だけの利益、自分が得することだけを求めて競争
しています。そういう人たちは「自分が神」になっています。自分の豊かさを誇り、
自分で自分をほめたたえています。そのために他人の命や健康や幸せが壊されても
全く気にしません。これが、「自分を神とする人たちの共通点」です。
 それが人の現実ですが、それでも神様は約束を実現させることをあきらめません。
そこで神様は、ご自分の約束を実現させるため、最後に決定的な手段をとります。
20節後半、「私達は、神をたたえるため、この方を通して、アーメンと言います」。
この方とは神の子イエス・キリストのことです。ニカイア信条で告白したように
「父なる神様と子なる神様は同質」、つまりキリストは、父なる神様と等しい権威を
持っておられます。神様はこのキリストを、地上に送り込んでくださいました。
キリストが、人を神様に向き合わせ、神様をほめたたえることが出来るように、
また神様の約束が「アーメン(真実です、確かです)」と告白できるように、神様から
遣わされたキリストが、すべてを整えてくださったのです。
キリストは、2000年前、無実であったのに、十字架につけられて死にました。
でも神様は、キリストを死から引き揚げ、永遠の命と体と共に、復活させました。
神様がキリストを通して、地上の歴史に深々と刻み込んだ「十字架の死と復活」が
あります。そしてキリストが果たしてくださった「十字架の死と復活の中」に
こそ、神様の約束のすべてが実現しており、神様の約束の希望がつまってい
ます。
 熱心に律法を守っても決して消えない私達の罪が、ただキリストの十字架の死に
よって、神様の目に完全に赦され、「罪のない者」とされたのです。私達は日々罪を
犯しますが、キリストの命と引き換えの「十字架の赦し」があるから、私達
は一方的に無罪判決をいただき、神様の前に「罪のない者」とされています。
 それだけではありません。キリストが死から復活して、神様の右に座ったように、
神様は、私達をキリストと1つに結び合わせ、油を注ぐことで、キリストの
ように、「キリスト=油を注がれた者」「キリストに似た者」「神様の御心に
ふさわしい者」へと、日毎、私達を導いて、養い、育ててくださるのです。
はるか昔、神様がアブラムに約束してくださったからです。
 大昔、神様がアブラムに約束した子孫、「神様の御心を受け継ぐ子孫」は、神様の
約束通り、今では世界中に星の数ほど広がっていて、とても数えきれません。
なぜなら、国や民族、あらゆる垣根を超えて、神様がキリストと結び合わ
せたすべての人が、「神様の御心にふさわしい子孫」「神様の御心を受け継ぐ
子孫」とされているからです。そして幸いなことに、私達もその中の一人です。
 神様の約束は、アブラムの血筋に縛られることなく実現しました。神様の約束
キリストを通して、世界中のキリスト者に実現してきました。そしてこれからも、
もっともっと多くの人たちに実現していくでしょう。
神様は、ご自分の約束を完成させるその日まで、休むことなく、働き続けます。
神様の約束を実現させるのは、キリストであり、神様ご自身であり、私達ではない。
私達は神様が約束してくださった恩恵に、一方的にあずかっているだけです。
今日、神様から礼拝に招かれたこと、神様の言葉に聴いて、祈り、讃美できること。
これらすべてが、神様の約束の実現から受け取っている恩恵なのです。そして
22節。「神はまた、私達に証印を押して、保証として私達の心に、霊を与えて
くださいました」。
神様の約束が実現して、私達がすでに「神様の御心であるキリストの中に
いること」を明らかにするために、神様は私達に、聖霊を与えてくださいま
した。
だから「ますます、聖霊を求めなさい」。
そして私達が、神様の約束の実現の中にいること、世界中の信仰の仲間と
共にキリストの中にいて、皆がキリストの中で1つにされていることに目覚
めて、何も恐れず、感謝と希望をもって前進しなさい。

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