日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

父の独り子である神

説教

タイトル :「父の独り子である神」   
聖書   : ヨハネ1:14-18  
年月日  : 2015-5-3
特記事項 :

 14節「言は肉となって、私達の間に宿られた」。
 ここで言う言とは神様の言葉であり、ヨハネ福音書が冒頭から語っているように、言は天地創造の前から神様と共にあり、万物を造り、そして言の中に命があります。この神様の言が、お腹が空いたり、ケガをすれば血も出る私達と同じ肉体をもって、この世に来られました。主イエス・キリストのことです。そのため14節は、しばしばクリスマスの説教でも取り上げられます。
 万物を造ることが出来る偉大な神様である言が、なぜ足手まといな人間の肉体をもってこの世に来られたのか。私達人間と同じ姿になって誕生し、この世を生きて、死刑判決を受け、十字架につけられた、みじめな姿で死んでいったのか。これは、すべての人を愛するがゆえに、「ご自分の元に立ち帰らせて、救いたい」と熱望する神様の御心、神様の決意の現われです。

 [愛すること]をつきつめると「相手の中に住み、相手と一体になる。相手と同じ環境、境遇の中で共に生きる」ことに行き当たります。これは神様の愛です。

 「言は肉となって、私達の間に宿られた」。
 聖なる神様の言が、肉を取って人となるとは、ダニやシラミがウヨウヨしている異臭漂うボロボロの衣を、素肌に着るようなものです。思うだけでもゾッとします。しかし神様の言は、ヘドロのような厄介者でも、その中に捨て身になって飛び込み、ヘドロにまみれて一緒に生きて、その苦しみ、悲しみ、つらさを知ってくださり、決して見捨てない。しかも神様の言は、人と一緒にヘドロの底に沈むのではなく、人の最善を祈り願って、そのためにご自分のすべてを惜しまず献げ尽くして、人をヘドロの中から救い上げてくださる。これが神様の愛です
 これが私達を救いに導く神様の愛です。防衛本能が自動的に働く私達には、出来ない愛し方です。「ここまでなら愛せるけど、これ以上はムリ」と言うのが、私達の愛です。自分が傷つくこと、損をしたり、泥をかぶったりすることを嫌う私達の愛は、限界つきです。
 でも神様の言・イエス様のご生涯、教え、行い。イエス様のすべては、私達への「尽きることのない、限界なしの神様の愛と救いの恵み」を示しています
 だからイエス様との出会いを通し、多くの人々が、神様の愛と救いの熱意を知って「イエス様こそが、父なる神様を自分達に見せてくださる神様の独り子だ」と信じて次のように告白しました。14節後半です。

 「私達はその栄光を見た。それは、父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」。

 「見た」と言っていますが、人々が見たのは肉のイエス様であり、十字架で死に、死から復活したイエス様です。そしてイエス様を信じた人は、このイエス様の中に「父の独り子の栄光と、神様の恵みと真理が満ちていること」を見たのですが、イエス様を信じない人は、イエス様を見ても、十字架で死んだ呪われた罪人にしか、見えません。イエス様の復活も、非常識なデマ、勘違いや幻覚としか思えません。

 その意味で、肉のイエス様を通して、「父の独り子の栄光と、満ちあふれる神様の恵みと真理を見ることが出来た」のは、人の力によるのではなく、「神様が人々に信仰を与えて、心の目を開いてくださったから」です。

 そして当時、ヨルダン川で人々に洗礼を授けていたヨハネも、イエス様について「私より優れていて、万物が造られるより先におられた」ことを、声をはりあげて証し、告白していました。告白ついでに、神様の独り子イエス様を的確に告白しているのが、ニカイア信条です。交読詩篇の最後のページに「ニカイア信条」が貼ってあります。イエス様についての告白部分を少し長いですが、読ませていただきます。

 「私達は唯一の主、神の独り子、イエス・キリストを信じます。主はすべての時に 先立って、父より生まれ、光よりの光、真の神よりの真の神。造られずに生まれ、 父と同質であり、すべてのものは、この方によって造られました」。

 ここまでは、ヨハネ福音書の1章をそのまま、なぞっていることが分かります。
 続きも読みます。

「主は、私達人間のため、また私達の救いのために、天より降り、聖霊によって、おとめマリアより肉体を取って人となり、私達のためにポンティオ・ピラトのもとで十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って3日目に甦り、天に昇られました。そして父の右に座し、生きている者と死んだ者とを裁くために、栄光をもって来られます」。

 ここでもヨハネ1:14を反映して、「イエス様が肉体を取って人となったこと」が使徒信条より、もっと明確に告白されています。
 イエス様は神様の言であり、神様の独り子ですが、私達と同じ肉体を取ることで、「神様と私達をつなぐ唯一の橋」となってくださいました。
 だから私達はこの世にいながら、イエス様と言う橋を通り、神様を知ることができるし、イエス様を通して、神様の愛と救いに導かれ、神様に立ち帰ることができます。そこで16節は「この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた」と証言しています。「満ちあふれる豊かさ」には「充満、完成、成就」の意味があります。
 この中から、更に積み重ねられた恵みとは、どんな恵みだったのか。
それは17節で語られています。簡単に言うと、モーセは神様から律法をいただき、律法により民を導くのですが、誰も律法と言う神様の御心に合格できませんでした。
 
 神様の御心に一つでも背けば0点です。神様の御心と言う試験は、百点か0点だけです。モーセを始め、人は皆、0点しか取れない落第生です。でも人となった神様の独り子イエス様だけは違います。イエス様は、唯一の百点満点の合格者です。
 イエス様の中に満ちているのは、「律法=神様の御心を完全に行った百点満点の充満であり、御心の完成、御心の成就」です。当然と言えば当然です。
 イエス様は神様の言であり、神様の御心そのもの、独り子である神様だからです。
 誰も成就できなかった律法=神様の御心に、イエス様だけは最後まで忠実に従い、律法を完璧に成就させることで、神様の恵みと真理を、この世に実現させました。
 その上で本来、落第生には与えられるはずのない「御心の百点満点の成就」と言う「恵みと真理」を、私達にも分け与えてくださるのです。

 でもイエス様だから、「御心を完璧に成就させて百点を取るのに、苦労しなかった」と言ってはなりません。
 「律法=神様の御心に従えない、神様に背き続けてきた全人類の神様への負債・罪の大借金を、ご自分の命で完全返済すること」。そして「イエス様を信じる者に、神様の子供にする資格を与えること」。これがイエス様に与えられた神様の御心です。
 独り子なる神が、罪人の尻拭いのために死に、罪人にご自分の同じ神の子の資格を与える。これが神様の御心なのです。イエス様には理不尽な神様の御心です。でも私達には、何とありがたい神様の御心でしょう。独り子の命さえ惜しまない神様の御心は、私達に示された「底なしの愛、赦しの愛、神様の究極の愛」です。

 イエス様は御心に背きません。愛に満ちた神様の御心に忠実に従って人となり、ご自分の命を、苦しみと恐怖と辱めの十字架の上で献げてくださいました。これは「神様の究極の愛」である同時に、イエス様の、私達への深い愛から生まれる「尊い贈物」、ご自分を惜しまず差し出してくださった「尊い愛の献身」にほかなりません。

 イエス様の尊い愛の贈物、愛の献身があるから、私達は何もしていないけれど、イエス様と同じ「律法=御心の成就」と言う恵みと真理が、私達にも実現しました。
 モーセが受けた律法から、人は「神様の御心を知らされる恵み」を受けましたが、その恵みをはるかに上回る恵み、「御心の成就」「あなたは御心を完全に行った」という恵みと真理を、イエス様から受けました。私達は御心に従えない落第生なのに、ただイエス様の愛の献身により「御心の成就という、山盛り恵みを受けた」のです。
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 捨て身のイエス様の愛に、私達への神様の畏れ多い愛の深みを発見します。そして神様の愛の深みを私達に示すことができるのは、父の懐にいる独り子である神イエス様だけです。今までに神様を見た人はいません。独り子である神イエス様だけが、父なる神様をリアルに示し、私達を神様との愛の交わりの中に導いてくださるのです。''だからイエス様から、目を離してはなりません。
 父の独り子である神イエス様は、私達と同じ体を持ち、私達の内に宿り、私達と1つになられました。またイエス様を信じる私達も、イエス様の体の内に宿り、[地上のイエス様の体・教会]結ばれて、イエス様の体と1つにされています。

 そしてイエス様が父なる神様を示し、神様の愛を現わしたように、「イエス様の体・教会」と1つにされている私達も、地上で「イエス様の愛、神様の愛を現わす現場。イエス様が見える、神様が見える現場」とされていくのです。
 だから私達はイエス様から目を離さないだけでなく、「イエス様の体・教会」からも生涯、離れない。聖霊に導かれるまま、父の独り子である神イエス様と、ますます一体にされながら、私達、教会は、「イエス様の愛、神様の愛が現わされ、行われる現場」として、終わりの日まで、この世に立ち続けるのです。

 

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