日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

愛を追い求めなさい

説教

タイトル : 「愛を追い求めなさい
聖書   : 第1コリント14:1-5
年月日  : 2013-1-6  
      
13章でパウロは、教会や信仰者に注がれる神様の愛がいかなるものか、具体的に
語ってきました。そして愛こそが最も大いなるものだと13章の最後で、結論づけて
います。だからこそ14章の冒頭でもコリント教会に向けて「愛を追い求めなさい
と勧めています。
ここで言う愛は勿論、人の愛ではなく神様の愛です。神様からの一方的な恵み、
無償の恵みとして与えられる最も大いなる霊的な賜物・プレゼントが愛です。
 コリント教会でも御殿場教会でも、神様から愛と言う霊的賜物を受けているから、
教会が生まれ、神様を礼拝する神様の子供たちが生まれ、育って行きます。しかし
1度、愛と言う霊的な賜物を受けただけで、教会や私達の信仰が完成するわけでは
ありません。イスラエルの民が毎日神様から与えられるマナを集めて食べたように、
私達も、愛と言う霊的賜物が絶えず与えられなければ、栄養失調の子供のように、
この世で霊的な栄養失調になって、信仰もいつの間にか、干からびてしまいます。 
だからパウロは、声を大にして「洗礼を受けたからといって、ボンヤリするな。
神様の子供とされたと言っても、この世では未熟児のあなたたちには日毎、霊的な
食物、愛と言う霊的賜物が必要だ。教会全体で、いつでも愛を追い求めなさい
と言っているのです。
牧師だけ、長老だけが愛を追い求めているだけではダメなのです。体に例えると、
体の一部分だけに栄養が行っても、体全体に栄養が行き渡らなければ、その体は、
衰えていきます。下手をすると、取り返しのつかない状態になるかも知れません。
だから牧師や、長老だけが頑張って、愛を追い求めるだけでは足りません。
教会に集められた一人一人、キリストの体に結ばれた各部分が一致して、
神様に向けて愛の賜物を追い求めていく姿勢が必要です。
この世では、どこの教会も未完成で、欠陥があります。そんな教会を母胎として
育つ私達が、神様の子供として健やかに発育していくには、教会に集められた一人
一人が一致して共に愛の賜物を追い求めていくことが、どうしても欠かせません。
この時、愛という霊的賜物の中で、パウロが特に熱心に求めなさいと言ったのは、
預言するための賜物です。言い換えると、神様の恵みの言葉を皆に伝えるための
賜物です。今日で言うと、教会の礼拝説教ということでしょう。もっと広げれば、
祈祷会での聖書研究や、十字の園や高根学園などでの礼拝や学びも入るでしょう。
 パウロが、預言する賜物を求めるよう強調したのには、わけがあります。当時の
コリント教会では、他人には意味が分からない「異言」と言う、特殊な言葉を語る
力を持つことが、すばらしい霊的賜物の持ち主として、称讃されていたからです。
でもそのために、コリント教会では礼拝が大混乱していました。誰もが恍惚状態に
なって、自分勝手に「異言」を語りだしてしまうのです。それを想像するだけでも、
当時のコリント教会の礼拝が、手のつけられない礼拝だったことが分かります。
 2節をみると、異言は人にではなく、自分だけが神に向かって語っているので、
他人には理解できません。霊によってスゴイ神秘を語っているのかもしれませんが、
他人にはサッパリ分かりません。凡人に分からないところが、また神秘的でスゴイ
と称讃されるのかもしれませんが、意味の分からない言葉があふれている礼拝は、
自分の力を他人に見せつけ、自分を誇るための発表会の場になりさがっています。
これに対して預言は、人に向かって語ります。
「神様がどういうお方で、神様が私達に何をしてくださったのか。どのように、
私達を救ってくださるのか」。このことを、預言する者は、人に向かって語ります。
すなわち、神様がご自分の御子を、人の子としてこの世に誕生させ、すべての人の
罪を償う身代金を御子の命で支払ってくださったこと。この御子を神様は復活させ、
天に引き上げたこと、また御子を救い主と信じる者たちを、御子と同じように天に
引き上げて、我が子として迎えてくださることです。
これほどまで、すべての人が神様から愛されていて、神様との愛の交わりの中に
御子を通して、すべての人を招き入れようと、神様が熱望し働いておられることを
旧新約聖書は、何千年もの歴史を貫いて証言しています。
 「私は悪人の死を喜ぶだろうか、と主なる神は言われる。彼がその道から
立ち帰ることによって、生きることを喜ばないだろうか」(エゼキエル18:23)
「私が喜ぶのは、愛であって生け贄ではなく、神を知ることであって焼き尽くす
献げ物ではない。私は背く彼らを癒し、喜んで彼らを愛する」(ホセア6:6, 14:5)
「私達が神を愛したのではなく、神が私達を愛して私達の罪を償う生け贄として
御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」(1ヨハネの手紙4:10)
「主の名を呼び求める者は、誰でも救われるのです」(ローマ10:13)
このように「あなたは神様から愛され、神様から生きるよう招かれている」と、
聖書が証言していることを預言する者は人に向かって語ります。従ってこれを聞い
た人は、自分が神様から愛され、命に招かれていることを知り、励まされ、慰めを
受けます。何よりも神様の救いの恵みを語ることで、人が造り上げられていきます。
「人を造り上げる」。
人の人格や尊厳を破壊するのではなくて、その人の徳を高めて神様の愛
向けて人格を造り上げていく。キリストに似た者へと造り上げていくという
ことです。そのことが預言すること、また預言の言葉を聞くことで、人々の
中に、教会の中に、現実に起きてくるのです。
他人には理解できない言葉で語る異言は、自分の霊的な力を誇って、自分だけを
誇り高く造り上げる自己満足にしかなりません。異言は教会の役に立つどころか、
教会をねたみや競争心で、混乱させてしまいます。
しかし神様の救いの恵みを語る預言は、聞く人を神様の愛に向けて、造り上げて
いきます。そして預言が教会で語られるなら、それを聞く教会もまた、神様の愛
向けて、造られて行きます。だからパウロは、「異言ではなく、預言の賜物を熱心に
求めなさい」と言っているのです。パウロ自身、異言を語ることが出来たので(18
節)、異言は否定しません。しかし異言を皆に分かるよう説明できなければ、教会を
「真の教会」に造り上げることに役立たないので、コリント教会の評価とは反対に
「預言する方が、異言するより優る」とパウロは断言します。
そこで私達の教会のことに目を向けて見ましょう。教会で異言が語られることは
ありません。牧師は預言者として、あくまでも聖書に書かれた神様の恵みの言葉、
救いの言葉を語ります。でもどんなに聖書に忠実でも、語った言葉が、ここにいる
人たちに伝わらなかったら、聞いている人たちに分からなかったら、異言になって
しまいます。御言を語ったという、牧師の自己満足の「異言」で終ってしまいます。
そうなってはならない。だから牧師は「預言する賜物」を求めて必死で祈ります。
でも同時に皆さんも、毎週の礼拝で異言ではなく、みんなに分かる預言が語られる
よう、祈っていただきたい。そして説教が、一人よがりな異言ではなく、みんなに
分かる預言となるためのポイントとして、パウロが言った「愛を追い求めなさい」、
この言葉が大きなヒントになります。
聖書の言葉を、知識や解説として語るだけでは足りない。ここにいる人たち、
教会につながる人たち、教会の外にいる人たちを愛するために、聖書の言葉
を語ることが求められています。義務や仕事で語るのではなく、御言を聞いて
いる人たちを、愛して語ることが求められています。神様の愛が伝わるよう、
神様に愛されていることが実感できるよう、御言を語ることが、求められて
いるのです。
これは最早、人の業ではありません。教会全体で「愛を追い求めて御言を語らせて
ください」と熱心に祈り求めるしかありません。また語られた御言を、自分に都合
の良い所だけ、つまみ食いして聞くのではなくて、「神様に愛されていることに
信頼して、思い切り心を開き、無防備に心の奥まで御言を届かせてください」
と、祈り求めることも大切です。
「私達が愛され、赦された者として新しく生きることを、神様が全面的に
肯定している」と聖書は証言しています。この証言を説教で聞く時、私達はお互い
を愛して赦し、受け入れるようにされていきます。
そして神様の愛が伝わる説教が、みんなの中に入っていくことで、神様の
愛で一人一人の人格が造り上げられていきます。またそういう一人一人が、
更に「愛と言う接着剤」で互いに隙間なく組み合わされて、健やかな教会を
造り上げていきます。
また礼拝で御言を聴いて、「神様の愛」が体の中に入った人は、預言する者として
立たされます。それは牧師になることではなく、「自分たちを愛してくださる神様の
確かな愛を、それぞれの日常生活、自分の生き方を通して語る者とされる」という
ことです。神様の愛を確信するから、どんなに困難な時でも、「自分の人生を愛して、
希望と喜びをもって生きる預言者」とされて行きます。特別なことに思えますが、
これは人の業ではなく、神様の業です。愛を追い求めつつ、神様の業が皆様の上に
今年もますます鮮やかに現れますように。

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