日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る

説教

タイトル :「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る
聖書   : コロサイ3:1-11
年月日  : 2017-2-12 
 
洗礼において何が起きているのか。12節で「洗礼によってキリストと共に葬られ、
またキリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させ
られたのです」と証言しています。従って3:1の「あなたがたは、キリストと共に
復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい」、この復活は「キリストと
共に死んだことが前提」になります。死がなければ、復活もないからです。3節
でもパウロは洗礼を受けたコロサイ教会の人々に「あなたがたは死んだ」と明確に
告げています。
洗礼は、これまでの得体の知れない自分、悪臭漂う自分が、神様に根元から断ち
切られて、キリストの死と共に葬られることです。でも死んだままではありません。
死から復活したキリストにつながれて、命の源である神様の中に飲み込まれます。
そして復活のキリストと共に、新しい自分へと復活させられる。これが洗礼です。
 忘れているかもしれませんが、洗礼を受けた信仰者は、皆、キリストと共に
自分のすべてを手離し、捨てて、死んだのです。そして死から復活したキリ
ストと1つにつながれて、神様のものとされ、死の中から復活させられたの
です。
だから洗礼を受けた人は、もはや自分のものではなく、「神様のもの、キリストの
もの」であり、「この世に属する」のではなく、「神様に属する者」とされています。
そして神様に属する者とされたのだから、この世のことばかりに熱中して心を痛め
煩わせるのではなくて、「上にあるものを求めなさい」(1節)。すなわちキリストが
おられる天、神の国、神様の御心、終わりの日の救いの完成に心を留めて、これを
熱く求めることこそ、信仰者が目指すべき、本来の目標なのです。
 信仰者はこの地上で、四苦八苦していますが、それでも天におられる神様を求め、
キリストと共に生きること、終わりの日に実現する「御国における神様との親しい
交わり」を先取りして生きることが、地上にいながら赦されています。この幸いに
心を留めるのです。
 そして洗礼を受けた信仰者の新しい命、キリストと同じ復活の命は、今はまだ、
神様の内に隠されていますが、終わりの日、キリストが再びこの世に来られる時、
信仰者の命は、復活のキリストの栄光に包まれて、命の全貌が明らかにされます。
その素晴らしさは人の知恵や憶測をはるかに越えています。そして神様が信仰者に
用意しておられる「終わりの日の栄光」「永遠の命と復活の体」と言う、終わりの日
の救いの完成への確信が、確かになればなるほど、地上のことに心を煩わされなく
なって行きます。それは、地上のことについて無関心になったり、無気力になると
いうことではありません。
 むしろ地上のあらゆる事柄を、エゴの色眼鏡で見るのではなく、キリストと共に
見つめ直します。「キリストなら、こういう場合、どうなさるだろうか。神様が一番
喜んでくださることは何だろう」と思いを巡らせながら、地上を生き抜くようにと
変えられていきます。そのようになることを願って、パウロは地上における関わり
について、5節以下でコロサイ教会の人々に警告しています。
 「地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、及び
貪欲を捨て去りなさい。貪欲は偶像礼拝に他ならない」。
 貪欲とは、造り主である神様ではなく、神様が造った被造物にしがみつき、執着
することであり、まさに「偶像礼拝」です。神様は、私達が真の神様以外のものを
神として崇め奉ることを固く禁じておられます。警告しても尚、偶像礼拝にしがみ
つく者には、神様の怒りが下るでしょう。7節では、信仰者であるコロサイ教会の
人々、ここにいる私達にも「以前は神様の怒りの対象だった」と言っておられます。
しかし洗礼を受けて信仰者になった今は、神様の怒りの対象だった以前の生活に
戻ってはなりません。8節以下の警告は、主に対人関係の中で起きてくることで、
これらのことを神様はお嫌いになるので、注意しなければなりません。
 「怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を捨て去りなさい。
互いにウソをついてはなりません」。
この言葉を聴いて「厳しい」と思わなかった人は、いないのではないでしょうか。
私達は日頃、当たり前のように怒り、憤り、口には出さなくても、心の中で相手を
怒鳴り散らしています。ウソも方便とか言って、都合良くごまかすこともあります。
エフェソ書が「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで、
怒ったままでいてはいけません。悪魔に隙を与えてはなりません」(4:26-27)と記し
ています。
怒ったりするのは私達にとって自然な感情です。でもどんなに正しい理由がある
怒りでも、怒りを自分の中に持ち続けているうちに、その怒りは悪魔に利用されて、
煮えたぎる憎しみや恨みとなって、私達の心の中を燃え尽くし、荒廃させます。
 だから洗礼を受ける時、また洗礼を受けてからも、自分の中に巣食っている古い
怒りや憎しみ、恨みなどを溜め込まないで、すべて神様の前に脱ぎ捨てるのです。
「古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、
日々新たにされて、真の知識に達するのです」。
 この神様の御業は、まず洗礼で行われます。洗礼の時に、これまで身にまとって
いた怒り、憤り、憎しみ、恨みなどの古い人を脱ぎ捨てます。と言うより、神様に
よって古い人が切り裂かれて、脱がされます。そこへ「造り主である神様の姿」に
倣う新しい人、すべての罪人のために十字架で死に、復活したキリストを着せ
ていただきます。私達の体全体を、キリストがスッポリ包みこんでください
ます。
洗礼を受けた信仰者は、罪にまみれた古い体を脱ぎ捨て、キリストを着ています。
罪の無い新しい人、死より強い永遠のキリストを着ています。せっかく新しい人、
キリストを着たのですから、脱ぎ捨てた罪の体、古い体の残がいを、「あっ、これは
まだ使える」とか言って、拾い集めるのは止めてください。
 そして「日々、新たにされて・・・」と言っているように、洗礼の時に古い体を脱ぎ
捨てて脱皮したから、それで終わりとは行きません。洗礼は生涯1度だけですが、
洗礼は、古い自分からの脱皮の始まりであり、日々、新しくキリストを着る
ことの始まりなのです。
 あまり適切な例ではなくて、恐縮なのですが、先月、私は大きく転んで、左足を
痛めてギブスをつけていました。ギブスをつけていたのは1週間だったのですが、
その間、風呂に入れませんでした。ようやくギブスが取れて、始めて風呂に入り、
ゴシゴシ体を洗って、キレイになったつもりでした。でも次の日、風呂に入る時に
シャツやレギンスを脱いで驚きました。肌着の色が黒で、余計目立ったのですが、
剥がれ落ちた白い皮膚が、ビッシリ肌着についていました。「なんじゃ、これは?」。
古い皮膚が新しい皮膚と入れ替わり、新陳代謝していました。風呂に入るまでは、
古い皮膚が何とか保たれていたのですが、1週間ぶりの風呂で強くこすったから、
古くなった皮膚に切れ目が出来、そこから剥がれ落ちた古い皮膚が肌着についたの
です。1週間、風呂に入らなかっただけで、古い皮膚、つまり「アカ」がこんなに
出る。それが見えるから、風呂に入る度にゴシゴシと洗います。今は大丈夫です。
安心してください。
でも体のアカは目に見えるから、まだ良いですが、魂のアカは目に見えません。
そして風呂で魂のアカは落とせません。1週間、風呂に入らないだけで体のアカが
溜まるなら、1週間、教会から離れていた魂に、どんだけアカが溜まることか。
1週間、否、何ヶ月、何年も、教会から、また神様から離れて、古い自分を
脱皮しないまま、新しくキリストを着ないままでいたら、私達の魂は、どう
なってしまうことか。アカまみれの魂なんて、想像するだけで、恐ろしいです。
 洗礼を受けた時、神様によって古い体が切り裂かれます。その切り口から
何十年も溜め込んできた魂のアカが、次々と出てくるんです。
だから大事なのは、洗礼を受けて終わりなのではなく、洗礼後も次々と出て
くる魂のアカを脱ぎ捨てていくことです。
神様の子供として常に成長するため、そして神様の真の知識に達するため、
生涯、忍耐強く脱皮し続けることです。
日々、脱ぎ捨てた魂のアカは、キリストが十字架で完全に処分してくださるから、
何の心配も要りません。だから安心してジャンジャン脱皮してください。その脱皮
した体に、日々、新しくキリストを着続けていくのです。
 古い人には色々な違いがあるでしょう。でも礼拝において、私達は常に古い人を
脱ぎ捨て、新しい人・キリストを着ます。そこには何の違いもありません。礼拝で
誰もが皆、キリストを着ています。キリストがすべての人を包み込み、皆を
1つにしています。また皆の中に、キリストが共にいてくださり、すべてを
満たしています。 
キリストを着て行くうちに、キリストが体中に浸透して、私達を占領して
行きます。そのことを実感していたパウロが、このように言っています。
「生きているのは、最早、私ではありません。
キリストが私の内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)

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