日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

主を思い起こしなさい

説教

タイトル :「主を思い起こしなさい
聖書   : 申命記8:11-20
年月日  : 2013-9-1
40年の荒野の旅を終え、神様が先祖に約束しておられた土地カナンに入る直前、
イスラエルの民に、モーセが神様の言葉を取り継き、勧告する場面が続いています。
本日の箇所では、まず「あなたの神、主を忘れることのないように注意しなさい」
と11節で言っています。
カナンで定住生活が始まれば、イスラエルの民はテント暮らしに別れを告げて、
与えられた土地に自分の家を建て、井戸を掘り、畑を耕し、家畜を増やして、荒野
の40年とは、比べようもないほど、豊かで安定した生活が出来るようになります。
今も世界各地の紛争地帯から逃げてきた大勢の人々が、難民キャンプで生活をして
います。日本でも、東日本の大震災で住む家を失った方々が、いまだ慣れない仮設
住宅で、不自由な生活を強いられています。
 日頃、見落としていますが、移住しながらではなく、定住して生活できることは、
どんなに安心で落ち着くことか。居場所のない生活ではなく、居場所が与えられ、
そこに根をおろして、平穏に生活できることは、大きな恵みです。
 しかしカナンの定住生活が始まり、生活が豊かになり、安心しきってしまうと、
民はこれらの恵みが、神様からいただいたことを簡単に忘れてしまいます。だから
14節でもモーセは「心おごり、あなたの神、主を忘れることのないようにしなさい」
と重ねて警告をしています。そしてイスラエルの民に、神様がこれまで与えてきた
数々の恵みの出来事と、その目的を、モーセは語っています。
 「神様は、奴隷だったエジプトの地から、あなたを導き出し、救ってくださった。
さらに神様は、あなたを水の無い乾いた荒野に連れて行き、そこで岩から水を湧き
出させ、天からマナを降らせ、荒野で養い続けてくださった。荒野の苦しい体験を
通して、神様に信頼する信仰に踏みとどまらせ、あなたを幸福にするため訓練して
こられたのだ」。
 荒野での40年は、イスラエルの民にとって、ムダな時間ではありませんでした。
彼らを神の民として訓練するため、神様がもうけてくださった特別な時間でした。
言い換えると、荒野での生活は、生きることのすべてが神様中心の40年でした。
神の民として、すべてを神様に頼り、すべてを神様から受けて、神様と密着
して生きることを、特別に体験させてもらった恵みの40年でした。
そして「神の民として生きていくこと」は、豊かなカナンの地に定住してからも、
引き続きイスラエルの民に求められています。カナンで豊かな生活を味わうように
なっても、「神様中心に生きる神の民、すべてを神様に頼り、神様と密着して生きる
神の民でいなさい」。このことが念押しされています。
 従ってモーセは、カナンで人々が今まで経験したことがない豊かな富を手にする
ようになっても「自分の力と手の働きで、この富を築いたなどと考えてはならない」
と、忠告した上で、「あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力を、あなたに
与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにして
くださったのである」とイスラエルの民に言っています。これは、イスラエルの民
だけでなく、すべての人が聴くべき言葉であり、いつの時代でも忘れてはならない
大切な言葉です。 
 神様は天地万物の造り主であり、すべての源は神様にあります。従っていつも
言っていることですが、命も体も健康も能力も家族も友人も、すべて神様から出て
いるのであって、私達が持っているものはすべて「神様からの預かりもの」です。
 スイッチ1つでご飯が炊けて、お風呂にも入れる。世界中の情報がすぐ手に入る
便利で豊かな生活をしていると、つい忘れてしまいますが、私達人間は、すべての
もの、特にかけがえのない大切なものこそ、神様から受けており、全面的に神様に
依存して生活している事実は、昔も今も変わっていません。
 ずっと以前の話ですが、食前の感謝のお祈りをしていた子供に、父親が「ご飯が
食べられるのは、オレが毎日働いているからだ」と言ったそうです。確かに父親が
毎日、元気に働いて、生活費を稼いでいるから、家族を養うことができます。でも
働き手である父親に命を与え、働くために必要な健康や能力を与えておられるのは
神様です。働くのは父親でも、働くための元手は、すべて神様から出ています。
世間には、優れた能力や才能を使って、またたく間に、何億も稼ぐ人もいます。
また先祖の財産を受け継いで、莫大な富の中で生活している人もいます。そういう
人たちは、優れた能力や才能を持っている自分に自信があります。莫大な富がある
ことで満ち足りています。別に神様にお世話していただかなくても、何でも自分で
出来ます。手にした豊かさはすべて自分の才能、自分の努力の賜物であり、自分の
手柄です。そこに神様の出番はありません。むしろ能力あふれる自分、勤勉な自分
こそが、神です。
人は豊かになり、自信を持つと、自分を神にします。自分が神ですから、当然、
自分中心にすべてを考え、自分の思いや計画を絶対化します。でも自分を神とし、
自分中心に生きることに固執するところから、人は堕落して行きます。人と
して崩壊していきます。そのことは、19節以下でモーセも警告している通りです。
「もしあなたが、あなたの神、主を忘れて、他の神々に従い、それに仕えてひれ
伏すようなことがあれば、私は、今日、あなたたちに証言する。あなたたちは必ず
滅びる。主が、あなたたちの前から滅ぼされた国々と同じように、あなたたちも、
あなたたちの神、主の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る」。
 福島の原発からは、大量の高濃度汚染水が海に流れ出して、打つ手がありません。
放射能の影響が消えるまで、30万年かかるそうです。誰が責任をとるのでしょう。
申命記は、今から数千年前の言葉ですが、真の神様を無視して、神様の言葉に聞き
従おうとせず、貪欲に豊かさを追い求めて、自分たちの能力や技術に絶対の信頼を
おいて突き進んできた今、滅びに向かって、地すべりしている私達の社会の姿が、
聖書の言葉を通して、ズバリ言い当てられています。
 18節「むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい」。
 「あなたにスゴイ能力、財力、権力があって、そのために成功して豊かさを得た
かもしれない。でも『自分の力で豊かになった』と例え心の中でも、思い上がって
言ってはならない。むしろ豊かになるためのすべての元手を、あなたに与えて
くださった神様を思い起こし、神様に感謝しなさい」。そう言っているのです。
 「神様を忘れ、神様の言葉を無視する」。世間では、大したこととはされません。
でもすべての源である神様を無視して、神様との関係が崩れることで、人との関係、
社会との関係も崩れます。手遅れにならないうちに、滅びの日を見る前に、私達は
主を思い起こし、謙虚になって、神様に立ち帰らなくてはなりません。
自分中心に生きる快感に走り、神様から離れることこそが、本当の貧しさ
です。自前のものは何もない自分の貧しさに目覚めて、自分の中に、神様を
全面的に迎え入れることこそが、本物の豊かさです。思いわずらうことなく、
すべてを与えてくださる神様に委ねきって生きるのが、神の民の豊かさです。
 神様は私達を、本物の豊かさの中で生かすため、多くのものを与えます。ご自分
の御子イエス様さえ与えます。私達を愛しているからです。これほど私達を愛して
くださる神様を忘れないで、思い起こして生きるのは、ごくごく当然のことです。
だから「主を思い起こす」と言っても、頭や心だけで思い起こすのではなく、
体の全部、生活の全部で主を思い起こし、神様の愛に大喜びで応答しながら
生きたい。心からの感謝と讃美と共に、主を思い起こしながら、神様の愛
応答して生きていきたいのです。
そのために、今、神様が中心におられる教会の礼拝に、私達は招かれています。
礼拝で、神様は私達に愛をもって語りかけ、イエス様の命を身代金に、罪の赦しを
宣言してくださいます。さらにイエス様という命のマナ、命のパンを食べさせて、
永遠の命をも約束してくださいます。
この主なる神様を、私達は自分の全身全霊に刻みこんで、思い起こします。
主なる神様をほめたたえて歌い、感謝して祈り、仕えます。そして喜んで、神様に
応答していきます。神様の愛に応えて、ささやかでも神様への愛を現わせることを
心から望んでいくようになります。そして礼拝と言う「神様との交わりの場」で、
私達がますます神様に応答して、神様と人を愛することに豊かにされていくことを、
誰よりも神様が一番喜んでくださいます。神様から礼拝に招かれるたびに、私達は
この世の豊かさではなく、本物の豊かさに目覚め、方向転換させていただくのです。 

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