日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

主から受けたもの

説教

タイトル:「主から受けたもの
聖書  : 第1コリント11:23-26
年月日 : 2012-7-1
        
コリント教会では主の晩餐、つまり聖餐式と普通の食事の区別がつかなくなって
いたため、教会の中で仲間割れが起きていました。今の教団には、コリント教会と
同じ状況の教会がたくさんあります。そこでパウロはコリント教会に、否、今ある
すべての教会に、本来の「主の晩餐」を伝えようとしています。
23節「私があなたがたに伝えたことは、私自身、主から受けたものです」。
パウロがコリントで伝道を開始して、教会が誕生した時、コリント教会に伝えた
キリストによる命の救い、また聖礼典(サクラメント)の洗礼と主の晩餐、これらは皆、
キリストご自身からパウロが受けたものです。キリストから受けたものを、自分の
考えで勝手に変更したりしないで、そのままコリントや行く先々の教会で、正しく
伝えてきたことを、パウロはまず最初に強調しています。
そして今日の箇所はこの後、行われますが、聖餐式の中で必ず読まれる箇所です。
主の晩餐は、パウロが言っているように、キリストから受けたものを、2000年間、
多くの教会がそのまま伝えてきてくれたから、私達も今、キリストから受けた通り
の主の晩餐にあずかることが出来ます。
 私達の教会で行われる主の晩餐は、小さく切ってあるパンと1人分の小さな杯を、
その場に立って受け取ります。でもカソリック教会の主の晩餐では、司祭から丸い
ウエハースを1人ずつ口に入れてもらいます。また同じプロテスタント教会でも、
メソジスト教会は、会堂の前方にある「恵みの座」と呼ばれる所にひざまずいて、
パンとブドウ酒を受け取ります。以前、東神大でカルヴァン時代の長老教会の主の
晩餐を再現した時は、一人ずつ前に出て、大きなパンをちぎって、カップに入った
ブドウ酒にパンを浸して食べました。
 このように教会の伝統によって、また時代によって、主の晩餐が行われる様式に
違いはありますが、でもそこで受け取っているものは、どれも同じです。パウロが
言った通り「主から受けたもの」です。主の晩餐で私達が「主から受けているもの」
について、もう少し掘り下げてみてみましょう。パウロは、主の晩餐がキリストと
弟子達との最後の晩餐に由来していることを、23節以下で紹介しています。
 「主イエスは引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげて、それを裂き、
『これは、あなたがたのための私の体である。私の記念として、このように行い 
なさい』と言われました」。
 「引き渡される夜」とは、弟子のユダが、キリストをユダヤ教指導者に銀30枚で
売り渡した夜のことです。これによって、キリストは十字架につけられ殺されます。
この時、キリストは弟子達と、ユダヤ教の過越祭の食事をしていました。
過越祭は、奴隷として働いていたエジプトから、神様が自分たちの祖先を、救い
出してくださったことを祝う祭です。神様の言葉に従い、人々は家の戸口に屠った
小羊の血をぬりました。すると血をぬったユダヤ人の家の前を、死が過ぎ越して、
血をぬっていないエジプト人の家に、死が入って行きました。これによって人々は
エジプトを脱出し、故郷のカナンに帰ることが出来ました。この救いの出来事を、
過越祭の食事の度、親は子に伝えてきました。そして過越祭の食卓には、屠られた
小羊の肉、酵母抜きのパン、ブドウ酒などが、昔から同じように並びます。
戸口に血をぬるために屠られた小羊のように、これからキリストは十字架の死に
引き渡されます。ユダヤ人だけでなく、すべての人の前を、死が過ぎ越していく
ために、キリストは「いけにえの小羊」として、十字架の上で屠られるのです。 
キリストは感謝の祈りをささげてから、パンを裂きました。パンを裂くことは、
十字架で屠られるキリストの体を表します。そして裂かれたパンを持ち「これは、
あなたがたのための私の体である」とキリストは宣言して、弟子達に食べさせます。
すべての人のために十字架で屠られる「ご自分の体」を、キリストはまず弟子達に
食べさせます。
 この後の聖餐式で渡されるのは、小さなパンです。どうしてこれが、キリストの
体になるのか。私達の頭では、到底理解しきれません。すべて聖霊の働きであり、
ただ信仰だけが、この恵みの出来事を受け入れます。
 キリストを見て「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1:29)と、洗礼者ヨハネは
言いました。キリストは私達を愛しています。理由なんかありません。キリストは
私達を愛しているから、私達にまとわりつく罪と死を取り除こうと、十字架の上で
ご自分のすべてを献げて、私達に仕えてくださいました。さらにキリストは、永遠
の命と共に死人の中から復活して、天におられる神様の右で私達をとりなし、常に
私達を神様に向かって導いてくださっています。 
このキリストの体を、聖餐式で私達は受け取ります。私達を救うために十字架に
つけられたキリストの体、そして死から復活したキリストの体を、私達は聖餐式で
受け取ります。臓器移植じゃないですが、私達の中にキリストの肉が移植される。
私達の中に「キリスト」が移植される。だから私達が主から受けるのは、キリスト
ご自身です。イメージや理論のキリストではなく、リアルなキリストです。
キリストは、十字架の死に引き渡されますが、でもそれは、キリストが私達から
遠く離れてしまうためではなくて、むしろ私達の中にキリストを受けて、キリストと
私達が一つになるためだったのです。
 次にキリストはぶどう酒の杯を持ち「この杯は私の血によって立てられる新しい
契約である」と宣言して、弟子達に飲ませます。杯に注がれているのは、十字架で
屠られたキリストから流れ出る血です。「血を飲む」ことは、律法で禁じられており、
ユダヤ人には考えられないことでした(レビ17章)。でもキリストは十字架で流した
ご自分の血によって「罪人を清め、神の国の住人、神様の子供として罪人を迎える」
と言う驚くべき新しい契約を、私達のために、神様の前で結んでくださいました。
だから「血を飲むな」と言う律法は、新しい契約によって乗り越えられています。
 「私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を得、私はその人を終わりの日に
復活させる。私の肉はまことの食べ物、私の血はまことの飲み物だからである」
(ヨハネ6:54-55)
十字架で流されたキリストの血。私達に永遠の命を与えて、私達を神様の子供と
して迎えてくれる新しい契約の血。このキリストの血を、私達は聖餐式で飲みます。
そしてキリストの血が、私達の中を巡り出します。キリストが、私達の全身を巡り
出します。だからパンと同様、私達が主から受けるのは、キリストご自身です。
聖餐式で渡されるぶどう液の杯が、どうやってキリストの血になるのか。これも
パンと同様、すべて私達の理解を超えた聖霊の働きによるものです。信仰だけが、
聖餐式における杯の恵みを受け入れます。
 主の晩餐でパンを食べ、杯を飲むことで、私達はキリストの体と血を受けます。
そして「これを私の記念として行いなさい」と、キリストから命じられています。
これは主の晩餐を、キリストを過去の記念碑や思い出にすることではありません。
私達を「罪のない清い神様の子供」とするため、命を献げてくださったキリストが、
主の晩餐を受ける度に、私達の中で生きた現実となって臨在すること。キリストの
体と血、キリストご自身が、主の晩餐の度毎に、私達の中で生きて働き出すこと。
これが「キリストを記念する」主の晩餐です。
主から受けたもの」。それは生きておられるキリストご自身です。ひからびた
命のないキリストや絵に描いたキリストではなく、生きて働くキリストを、主から
受け継いでいくのが、教会です。セレモニーの継承ではなくて、それぞれの時代で
生きておられるキリストを受け継ぐこと、生きたキリストの連鎖が、教会です。
「見よ、私は戸口に立って、叩いている。誰か私の声を聞いて、戸を開ける者が
あれば、私は中に入って、その者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事を
するであろう」(ヨハネ黙示録3:20)
立派に体裁を整えても、キリストを締め出して、キリストが不在なら、説教も、
主の晩餐も、教会も無意味です。だからどんなに歴史が長かろうと、教会は、主に
向かって扉を全開にして「生きておられるキリストご自身」を、常にへりくだって
主から受け取ることが大切です。
教会は、復活の命にあふれる生きたキリストの体です。だから私達は説教を聴く
ことで、生きたキリストを、耳から肌から受け取って食べることができます。また
主の晩餐でも、生きたキリストの体と血を、目から鼻から口から受け取って食べる
ことが出来ます。この時、「生きているのは、もはや私ではありません。キリストが
私の内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)と言ったパウロの言葉が私達にも
実現します。
 血液型、体型、年齢、民族、いかなる違いがあっても、主の晩餐を受ける者には
誰でも皆、同じキリストの血が流れています。同じキリストの体をもっています。
だから主の晩餐を受ける者は皆、キリストの血と体を受けた兄弟姉妹です。同じ天
の父を仰ぐ神様の子供であり、分け隔てのない神様の家族です。キリストを食べる
主の晩餐には、あらゆる違いを越えて、皆を一つにする偉大な神様の力があります。
世界中の人が、主の晩餐を受ける日が来るように、祈りを合わせましょう。

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