日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

キリストに結ばれて歩みなさい

説教

タイトル :「キリストに結ばれて歩みなさい
聖書   : コロサイ2:6-10
年月日  : 2017-1-1
特記事項 :新年合同礼拝 
 
コロサイ書2:6は、御殿場教会が年間聖句として掲げている箇所です。ちょうど
新年礼拝にこの箇所があたりましたので、御言に聴くことで、私達の新しい1年の
歩みの目標を明確にされたいと思います。まず6節を直訳します。
 「あなたがたは、主であるキリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに
結ばれて(キリストの中で)歩みなさい(生活しなさい)」。
 あなたがたと言うのは、コロサイ教会の人々ですが、こうして教会に集っている
私達のこととして受け止めても良いと思います。キリストを主、主(あるじ)、主人と
して受け入れるというのは、人の知恵や知識、人から出て来た業ではありません。
キリストの招きが先にあってこそ、人は教会に来るのであり、またキリストを受け
入れる信仰も与えられます。ここには、洗礼を受けた信仰者だけでなく、求道中の
方々もおられます。しかしキリストに招かれ、導かれており、主であり主人である
キリストを受け入れることを願っているからこそ、元日にもかかわらず、世間体も
省みず、何よりもまずキリストの招きに応えて、礼拝に馳せ参じて来られたのです。
キリストを主、あるじ、主人と信じ受け入れることが出来た信仰の恵みは、
無意識にその人の生活に反映され、現われていきます。信仰と生活は、切り
離せないからです。だからパウロは「自分を主とするのではなく、キリストを主
と信じ受け入れたのだから、主であるキリストの中で生活しなさい」と言っている
のです。「歩みなさい」とは「生活しなさい、生きて行きなさい」と言うことです。
でも世間で「キリストは私の主です」と旗印を掲げながら、日々キリストの中で
生活し、キリストに結ばれて生きることは、口で言うほど簡単ではなく、そこには
キリストの力に支えられつつ前進する激しい闘いがあります。そこでパウロはこの
闘いに日々勝利していくため7節以下でコロサイ教会に、また私達にとても大切な
アドヴァイスを送っています。7節を、原文を生かして訳してみます。
 「キリストの中に深く根を降ろし、キリストの土台の上に造り上げられ、
あふれる感謝の中で、教えられた通りの信仰を確かもの、堅固なものに
していきなさい」。
まず「キリストの中に、頭から全身で飛び込んで、キリストの中に深く根を降ろし、キリストの隅々にまで、毛細血管のように根を張り巡らします。
キリストの中に、根をしっかり張り巡らしたら、キリストが本物の土台と
なって、どんな時でもガッチリ私達を支えてくれます。死を撃ち破って復活
したキリストは、永遠だからです。従って、キリストを土台にしている人は、
永遠を土台にしている人です。
頼りない自分に根を張っても、本物の土台にはなりません。自分で自分を支える
ことは出来ません。自分で自分を支えられると思うのは、幻想であり、傲慢です。 
キリストの中に深く根を降ろした本物の土台に支えられ、キリストを愛して
信じる信仰が、日々成熟され、キリストの豊かさにまで造り上げられて行き
ます。しかも私達が信じる信仰は、パウロの同労者エパフラスからコロサイ教会が
受け取った正しい福音信仰(1:7)と同じで、2000年の時を隔てて同じ信仰を共有して
います。
「すべての人の罪の赦しために、十字架で死んだキリストこそ真の救い主
であり、キリストを信じる信仰によって誰でも救われて、神様の家族と
される」。
これは、罪を犯さずには生きられない私達、全人類への良き知らせ(good news)、
福音です。だから福音を受け取り、信じた人は感謝にあふれて福音の恵みを家族や
友達など、他の人に伝えずにはいられなくなります。しかし正しい福音信仰を人に
伝えるには、信仰が上っ面の付け焼刃やハリボテではなく、自分の生活に根づいて、
確かなものになっている必要があります。福音を伝えたいと願う人は、キリストを
信じる信仰が確かにされるよう、常に祈り求めることで、キリストを信じる幸いと
豊かさをますます実体験させられ、感謝と共に福音を伝える人とされて行きます。
 その一方で、純粋な福音信仰の広がりを妨げる力が、この世には働いています。
当時のコロサイ教会の信仰も揺さぶられ、危うくされていました。8節にパウロの
警告の言葉があります。
  「人間の言い伝えに過ぎない哲学、つまり空しいだまし事によって、人の
とりこにされないように気をつけなさい。それは世を支配する霊に従って
おり、キリストに従うものではありません」。
 ここでは、私達の身の周りにある様々な影響力を、大きく2つに分類しています。
1つは「世を支配する霊に従うもの」で、静かに信仰者を世の中に取り込んでいき、
ついに信仰を忘れさせて、信仰を取り上げるこの世の諸勢力です。いつの時代にも
はびこっており、コロサイ教会だけでなく、油断すると、たちまち私達の教会にも
忍び込んで来ます。例えば、政治や経済、地位や名誉と言う、この世の権威や権力。
また平凡を装って、まことしやかに人を従わせる世間の常識や価値判断、生活習慣、
ヒューマニズム、義理人情、あるいは損得勘定、効率主義など、挙げ出すとキリが
ありません。これらの諸勢力に組して「安全だし、楽だ。青臭いこと言うなよ」と、
言いつつ、世間並みに賢くふるまう教会や信仰者も、多くいることでしょう。
でもこれらとは、正反対の所に立つのが「キリストに従うよう働く霊の力」です。
聖霊の力です。聖霊にとらえられたら、世間から激しい非難や不利益を受けても、
世間に迎合したり埋没したりしません。行く手をどんなに高い壁がさえぎろうとも、
尚、キリストに従って真っすぐ突き進んで行きます。世間からは、愚か者であり、
危険人物と見なされるでしょう。「でも、それでいいんだ」とパウロは言います。
それは、どうしてなのか。9節以下を、原文にそって読み直します。
 「(なぜなら)キリストの内には、満ちあふれる神性が、余すところなく、
見える形をとって(体として)宿っており、あなたがたはキリストにおいて
(キリストの中で)満たされている(からな)のです。キリストはすべての
支配や権威の頭(だから)です」。
 世間から叩かれようが見下されようが、そんなことは心配しなくて良いのです。
なぜなら教会、また教会に集う人々が受け入れ、結ばれているキリストには、
神様の性質、権威、豊かさのすべてが、溢れるように詰まっているからです。
ニカイア信条が「父と子は同質」と告白している通り、キリストは父なる神様と
等しいお方です。父なる神様がもっておられるすべての権能、権威を、キリストは
授かっており、神様の権能と権威が「キリストの体」である教会にも、宿って
います。
でも教会とは建物のことではなく、キリストの体に組み入れられている1人1人、
教会に連なっているすべての枝を指しています。要するに、神様の権能と権威が、
キリストを受け入れ、キリストに結ばれている私達に、宿っているのです。
畏れ多いことです。キリストの体である教会は、まさに神様が現臨されている聖所
なのです。
更に、キリストは「すべての支配や権威の頭」です。世の諸勢力が強さを
誇り、たくみに攻撃を仕掛けて来ようとも、キリストに優る力はありません。
この世のどんな力が束になって襲いかかってきても、キリストを倒すことは
出来ません。だからキリストを受け入れて、キリストに結ばれて歩んでいるなら、
必要以上に、この世の諸勢力を恐れ、迎合しなくてもいいのです。
 そして何より感謝すべきことは、満ち溢れる神性が宿るキリストを受け入れ、
キリストに結ばれている人は「神様ご自身に結ばれている」という真実です。
 「キリストに結ばれていることは、神様に結ばれていること、神様の愛
命に結ばれていること」です。何と言う幸い。何と心強い恵みでしょう。
 キリストに招かれ、キリストを受け入れ、キリストに結ばれて生活している人、
キリストの中に深く根を降ろして、キリストを土台に信仰を養われている人には、
神様の充満があります。キリストを信じている人は神様に満たされているから、
万物を造り出し、全能の神様に満たされているから、何の不足もありません。
このように信仰者はキリストだけで充分満たされているので、この世の諸勢力に
依り頼む必要はないのです。
信仰者は、自分が神様に結ばれ、神様に満たされている真実にもっと驚き、
もっと感謝し、踊りあがって、喜び祝って良いはずです。
 神様の充満であり、すべての権威の頭であるキリストが、私達の主となるために、
私達と同じ人の姿で、しかも非力な幼子の姿で、この世に生まれてくださいました。
新しい年を迎えました。今年も多くの困難があるでしょう。でも私達に先立ち導く
主キリストが、どんな時でも私達と共に(前に、隣りに、しんがりに)おられます。
私達は「神様の愛と命の充満であるキリスト」に結ばれて生きているので、1人
ではありません。「誰も私を理解しない」と思っていても、私達は孤立していません。
それぞれ違いはあっても、キリストに結ばれ「1つのキリストの体・教会」
の中で同じ神様の愛と命によって共に生かされ、共に養われており、1人も
見失われることはありません。
だから思い切ってチャレンジしましょう。自分の手から、キリストの手の中に、
自分自身をすべて委ね、放流するのです。稚魚を海に放流するように、幼稚で、
育てにくい自分をすべてキリストの中、神様の愛と命の中に、思い切って放流する
のです。キリストの中には、神様のすべての豊かさが満ちています。手に負えない
自分を、キリストがみずから育ててくださいます。
最後に、キリストが語ってくださった言葉をお聞きください。
「あなたの信仰が、あなたを救った」(マルコ10:52)

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