日本基督教団御殿場教会  United Church of Christ in Japan Gotenba church

あなたは幸いだ

説教

タイトル:「あなたは幸いだ
聖書  : マタイ福音書16:13-20
年月日 : 2011-6-5  
イエス様と弟子達はフィリポ・カイサリアにいます。ここはイスラエルの水源地
でもある美しいところです。そのためか、ここには色々な神々が祭られていたほか、
ローマ皇帝を礼拝するための神殿も作られていました。そして領主のフィリポは、
皇帝と自分の名前から、ここを「フィリポ・カイサリア」と名づけています。土地柄
としては、多くの神々が祭られている異教的な色彩の濃い場所ですが、イエス様は
ここで弟子たちに、自分のことを人々が何者だと言っているのか、尋ねています。
「洗礼者ヨハネだという人も、エリヤだという人もいます。他にエレミヤだとか、
預言者の一人だと言う人もいます」。
イエス様の教えや業に接した人々は、それぞれ期待を抱いていました。ヨハネは
この時すでにヘロデ王によって殺されていましたが、イエス様の活躍を見聞きした
人たちは、ヨハネが生き返ったとか、預言者エリヤだ、エレミヤだとか、とにかく
偉大な預言者の一人に違いないと思っていたようです。当時、ローマに支配されて
いた人々は、ローマから自分たちを解放してくれる救い主を待ち望んでおり、その
救い主が来る前に、預言者エリヤが現われるなどと言われていました。イエス様の
出現に、人々が期待を寄せるのは無理もありません。そこでイエス様は弟子達にも
尋ねています。
「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか」。
弟子の一人、シモン・ペトロが答えて言います。
「あなたはメシア、生ける神の子です」。
メシアをギリシャ語で言うと、キリストです。「油注がれた者」と言う意味です。
王や祭司、預言者が任職される時に、油が注がれました。そこから由来して、神に
任職された救い主と言う意味で、メシア・キリストと言う言葉が使われていました。
世間の人々が、イエス様をヨハネとか、預言者の一人だと見ていたのに対して、
ペトロは惑わされることなく、イエス様を「あなたはメシア、生ける神の子です」
と明解に答えています。つまり「イエス様をキリスト、救い主。生ける神の子だと
私は信じています」と、ペトロは信仰告白しているのです。
 世間の人々は好意的に期待を込めて、イエス様を預言者の一人だと見ていました。
一方、ユダヤ教の指導者たちは、イエス様を預言者どころか、「神を冒涜する者」と
して憎み、殺そうとしていました。しかしペテロは、世間の人々とも、ユダヤ教の
指導者とも違い、イエス様を「救い主、メシア・キリスト、生ける神の子」と信じて
告白しています。
 するとイエス様は「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現わ
したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ」とペトロに言われました。
 ペトロはイエス様の弟子です。弟子と言っても、ガリラヤ湖の漁師です。特別な
学問もしていません。学問ではユダヤ教指導者に、かないません。でもイエス様を、
「預言者」でもなく「神を冒涜する者」でもなく、「メシア・救い主」と告白したのは、
ガリラヤ湖の漁師で、イエス様の後についてきた弟子のペトロでした。
学問もないペトロが、人の目には隠されているイエス様の本当の姿を告白できた
のは、父なる神様が、天の奥義(秘密)を、ペトロに現わしてくださったからです。
隠されていた奥義を、神様が人に現わしてくださることを、「啓示」と言います。
ペトロの信仰告白は、まさに神様の啓示でした。神様からのすばらしい贈物でした。
 誰であろうとイエス様を「救い主、メシア・キリスト、生ける神の子」と告白する
ことは、神様の啓示がなければできません。人の知恵や力では、イエス様を救い主
と信じ、告白できません。畑に隠された宝物の例え話がありましたが(マタイ13:44)、
畑に隠された宝物をペトロが自力で見つけたのではなくて、むしろ畑の中の宝物が
ペトロを見つけて、宝物がペトロを呼び寄せたのです。
神様の方から、覆いを取りのぞいて、すばらしい天の奥義(秘密)を、ペトロに明らかにしてくださったのです。ペトロの告白は、神様の啓示による告白です。
フィリポ・カイサリアは多くの神々、ローマ皇帝までが礼拝されていた場所です。
また世間には、人の目を惑わす魅力的なものが多くあり、人のそでを引っぱります。
にもかかわらず、この世の声に惑わされず、神様の啓示の前に足を止めて、素直に
啓示を受け取ることができた。そして素直にイエス様を「メシア・救い主」と告白できた。だからイエス様は、ペトロに「あなたは幸いだ」と言われました。
自分の思いから手を離し、カラッポの両手で神様の啓示を受け取る人は幸い
です。自分の心をカラッポの器にして、神様の導きを受け取る人は、幸いです。
空の器となって、神様の声、神様の招きに聞き従う人は幸いです。その人の中に
天の奥義が映し出され、その人の口から行いから、神様の啓示があふれ出ます。そして「イエス様を救い主と信じて生きる人生」が、新しく始まります。
神様の啓示を受け取るとは、自分の中に神様をお迎えすることです。四章半ほど
の狭い自分の中に、万物の造り主である神様をお迎えすることは、とても出来ない。
入りきれない。ペトロが告白した「あなたはメシア、生ける神の子です」と言う告白
も同じです。これはペトロの狭い心の中には納まりきれない偉大な神様の啓示です。
神様の啓示によって告白したけれど、その告白がどれほど深い意味と聖なる権威を
持っているものなのか、ペトロ自身、まだ分かっていません。ですからイエス様は
20節で、ご自分がメシアであることを誰にも話さないよう、弟子達に命じています。
イエス様を「メシア、生ける神の子」とペトロは告白しました。でもイエス様は、
ローマ帝国から人々を解放し、再びイスラエル王国を建設する英雄ダビデのような
メシアではありません。人に罪の赦しを与えるため、不義を甘んじて受け、ご自分
の命を献げた十字架のメシアです。それだけでなく、死に勝利して復活するメシア、
復活の命によって、つねに生きて働く神様の御子、生ける神の子です。
 このことをペトロが悟るのは、まだ先です。イエス様が十字架につけられて死に、
3日目に復活し、聖霊が弟子達に降ることで、ようやくペトロをはじめ、弟子達は
告白の意味をつかみます。フィリポ・カイサリアで、正しく信仰告白したけれど、
その意味をつかみきれないペトロ。しかしそれでも神様は一方的に啓示を与えて、
天の奥義をペトロに告白させてくださり、ペトロを幸いな者としてくださいました。
私達も同じです。私達も信仰告白をします。「おとめマリアより生まれ・・・死人の
うちより甦り・・・」。頭では納得できないことだらけです。しかし頭で納得できない
からと言って、神様は削除しません。それどころか、神様は礼拝の度毎に、私達の
口に信仰告白を入れてくださいます。そして私達を幸いな者としてくださいます。
信仰告白の深い意味を、私達はつかみきれない。だからと言って神様は、私達に
ニセモノを与えません。いつも本物の信仰告白を、私達の口に入れてくださいます。
本物の天の奥義を、イエス様ご自身を、私達に与えて、告白に込められている深い
意味を徐々に悟らせて、実感させて、私達のものにしてくださいます。
 「イエス様は私達の救い主。死に勝利した生ける神の子。救い主のイエス様は、
いつも私達と共にいてくださる。私達はイエス様を信じて、イエス様と共に、
イエス様のものとして生きていく。」
 イエス様を信じる告白が、私達の中に刻み込まれ、私達の肉となり、時間となり、
交わりとなり、人生となります。信仰告白が私達のものになります。これも神様
の啓示によるのであり、神様の御心です。なぜなら神様の御心は、神の子を信じる
者が皆、永遠の命を得て、終わりの日に復活することだからです(ヨハネ6:40)。
 だからイエス様への信仰告白は、ペトロだけで終わりではなく、ペトロに続いて
多くの人が同じ告白をしていくことが大切です。そのためイエス様は言われます。
 「あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てる。陰府の力もこれに対抗
できない。私はあなたに天の国のカギを授ける。あなたが地上でつなぐことは、
天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」。
 ペトロには、岩と言う意味があります。ペトロの信仰告白を揺るがぬ岩として、
その岩の上にイエス様がご自分の教会、主の教会を建てます。教会は、復活の主の
教会です。復活の主が支配しておられる教会には、陰府の力も対抗できません。
また教会は、十字架につけられた主の教会でもあります。それゆえ教会には、罪の
赦しの権威が授けられています。地上で教会が赦すことは、天上でも赦されます。
これが主の教会です。そして主の教会を建てる素材として呼び集められ、ペトロと
同じ信仰告白に導かれた幸いな者、それが私達です。
 皆が一致して「イエス様を救い主と信じ、告白する」所に、主の教会が建ちます。
同じ告白をして、私達は岩の上に建つ主の教会に加えられます。でも私達は信仰を
告白しても、時々イエス様を見失います。信仰告白と自分の信仰のズレに、私達は
戸惑います。しかしそれでも尚イエス様は、私達に信仰告白することを求めます。
なぜなら、信仰告白することは、イエス様を本当に知るための旅だからです。
イエス様を告白しながら、昨日より今日、今日より明日と、私達の中にイエス様が
ますます深く刻み込まれていきます。そして信仰告白に記されていることがすべて
「本当にその通りだ」と悟らされ、「アーメン!」と全身全霊で告白させられます。
私達を永遠の命に導く救い主・イエス様に信頼して、この幸いな旅に出かけましょう。

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